【1月】
●1/1
第五次『労働運動』発刊。
同年10月、第10号をもって廃刊。
翌年、労働運動を解散。
【2月】
●2/20
和田久太郎、秋田刑務所で縊死。
辞世の句「もろもろの悩みも消ゆる雪の風邪」。
【3月】
●昭和の金融恐慌
【4月】
●4/12
故・橘宗一の誕生日。
橘宗一の父・橘惣三郎、
名古屋市千種区の日せん寺
(現・覚王山日泰寺)墓地に
宗一(この日が誕生日)の墓碑を建てる。
「宗一(八歳←ママ)ハ
再渡日中東京大震災ノサイ
大正十二(1923)年九月十六日夜、
大杉栄、伊藤野枝ト共ニ、犬共ニ虐殺サル」
名古屋の主婦がこの墓碑を
散歩中に発見し『朝日新聞』に投稿。
1972年9月13日『朝日新聞』の
「ひととき」に掲載。
➡『大正自由人物語』(p239)
➡『定本 伊藤野枝全集 第三巻』(p466)
●この年、近藤憲二、橘あやめと結婚。
大杉豊「大杉栄を受けとめた弟妹と娘たち」
(『新日本文学』2003年9月・10月号)
【5月】
●福田英子、南品川の自宅で死去。62歳。
↑
『元始、女性は太陽であった 平塚らいてう自伝(下巻)』P442
【7月】
●7/24、芥川龍之介、自宅で自死(35歳)。
この頃、長江、『世界文学全集1 神曲』
(新潮社)の翻訳に取りかかる。
【8月】
ボストンおいて冤罪のアナキスト、
サッコとヴァンゼッティの死刑が
執行されるのに抗議する集会が、
築地小劇場で開催される。
大杉あやめが参加。
↓
『新日本文学』2003年9・10月号
「大杉栄を受けとめた弟妹と娘たち」(大杉豊)
【10月】
●10/20
早大大隈講堂落成。
大隈の死去(1922年)から5年後になったのは、
関東大震災で計画が
しばらく中断されたから。
早稲田大学大隈講堂
From Wikimedia Commons
【12月】
●12/20
安谷寛一編『大杉栄遺稿・未刊』
(金星社・1927年・12月20日)発行。