「詳伝・伊藤野枝」第147回『三太郎の日記』

文●ツルシカズヒコ

『青鞜』一九一五(大正四)年三月号「編輯室より」が、野枝の『青鞜』二代目編集長としての孤軍奮闘、いや悪戦苦闘を伝えている。

 ●毎月校正を済ますとほつとしますけれども直ぐ後からいら/\して来ます。何故こう引きしまつたものが出来ないのだらうと情なくなつてしまひます。自分の無能が悲しくなります。でも兎(と)に角(かく)出来る丈よくしたいと努力はしてゐます。二カ月三カ月と進んでゆくにしたがつてだん/\苦しくなつて来ます。然し私は何時迄も/\その苦しみに堪へてゆかうと思ひます。

 ●前号この欄に私が生田花世さんが雑誌を出されるといふことに就いて一寸(ちよつと)したムラ気からヒヤカシを書きましたら時事新報紙上でゼラシイからのけんかだと嘲笑されました。ウツカリ口のきけない世の中だとおもひました。

 ●今月はボンヤリしてゐたものですからすつかり何も出来ないで日が経つて仕舞ひました。生田長江(ちようこう)氏の「超人の哲学」、阿部次郎氏の「三太郎の日記」は来月号できつと紹介いたします。あしからず。

(「編輯室より」/『青鞜』1915年3月号・第5巻第3号/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』_p178)

 らいてうが『新公論』三月号に「処女の真価値」を書き、野枝は『第三帝国』に「らいてう氏の『処女の真価値』を読みて」を書いた。

「青鞜」二月号に私は処女の価値については全然わからないと明言して置いた。

 実際私には何(ど)うしても処女そのものにそんなに重大な価値を見出すことは出来ないでゐた。

 そのくせ私自身は殆ど「本能的」としか答へられないその処女を矢張りどうして大事がらずにはゐられない。

 私はその矛盾について可なり考へさゝ(ママ)れた。

 併しそれは結局いくらいろ/\な理屈を考へて見ても自分の真の愛人との中にお互い自身より他の何物も交へたくないと云ふ気持ーー即ち神経的な潔癖から、みだりに自分自身にとつて薄弱なものゝ為めに汚されたくないとい云ふ気持が一番本当の深い理由であつた。

 もう一度私は断つて置くこれは決して処女の価値ではなく神経的に私が処女を大切にしたがる奥底の理由である。

(「らいてう氏の『処女の真価値』を読みて」/『第三帝国』1915年3月20日・第35号/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』_p179)

 野枝は自分がいくら考えてもどうしても論理的に説明できない「処女の価値」を、らいてうがどう説明するのかを興味津々で「処女の真価値」を読んだが、野枝を納得させるようなものは見出せなかったので、らいてうをこう批判している。

 氏は生田花世氏、原田皐月氏及び私の云つた事に対して「何等の根本的な確実なそれ自身の真価値を提供してゐないと云ふ点に於いて一致してゐる。」と云つてゐられるが私は氏に対しておなじ言葉をお返して矢張りあなたも私達と一致してゐらつしやると云ひたい。

(「らいてう氏の『処女の真価値』を読みて」/『第三帝国』1915年3月20日・第35号/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』_p179)

『第三帝国』は茅原華山石田友治が一九一三年に創刊した旬刊雑誌である。

 大杉は葉山で原稿を片づける算段をしていたが、その前に一度、野枝に会いたいと思った。

 それも是非彼女一人だけと会ひたいと思つた。

『もう雑誌も校正の頃だ。』

 僕はふとさう思ひついた。

(「死灰の中から」/『新小説』1919年9月号/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第三巻』_p566~567/日本図書センター『大杉栄全集 第12巻』_p254)

 大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば、大杉は神田西小川町の印刷所・大精社に行き、いつ野枝が来るか尋ねると、明日午後二時には来るはずだという。

 一九一五(大正四)年、三月二十六日。

 この日は大杉が葉山に行くことに決めていた日だった。

 大杉は旅支度をして大精社に行った。

 そして『青鞜』四月号の校正のために来るはずの野枝を待った。

 大杉の野枝に対する思いは募るばかりだった。

時事新報2

※阿部次郎『三太郎の日記』

★『定本 伊藤野枝全集 第二巻』(學藝書林・2000年5月31日)

★大杉豊『日録・大杉栄伝』(社会評論社・2009年9月16日)

★『大杉栄全集 第三巻』(大杉栄全集刊行会・1925年7月15日)

★『大杉栄全集 第12巻』(日本図書センター・1995年1月25日)

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