詳伝・伊藤野枝

詳伝・伊藤野枝

「詳伝・伊藤野枝」第279回 トスキナ(二)

文●ツルシカズヒコ ピアノ独奏の沢田柳吉はベートーヴェンの「ムーンライト・ソナタ」(月光曲)を弾いた。 沢田は天才と称され、当時ショパンを弾くピアニストは楽壇では彼一人だと言われていた。 清水金太郎、山田耕筰、竹内平吉は東京音楽学校の同期生...
詳伝・伊藤野枝

「詳伝・伊藤野枝」第278回 トスキナ(一)

文●ツルシカズヒコ 一九一九(大正八)年は浅草オペラ、オペレッタの全盛期であった。 観音劇場でオペレッタ『トスキナア』が上演されたのは、この年の五月だった。 「トスキナア」とは「アナキスト」の逆さ読みであるが、プログラムや台本には検閲に引っ...
詳伝・伊藤野枝

「詳伝・伊藤野枝」第277回 演説もらい

文●ツルシカズヒコ 一九一九(大正八)年初頭のころから、北風会のメンバーは「演説もらい」を精力的にやり始めた。 翌年に北風会に参加する詩人・岡本潤が「演説もらい」に言及している。 そのころ、いわゆる大杉一派のアナーキストたちは「演説会乗っ取...
詳伝・伊藤野枝

「詳伝・伊藤野枝」第276回 おうら山吹

文●ツルシカズヒコ  一九一九(大正八)年三月五日、久板が満期出獄し、大杉&野枝の家に帰って来た。 このころ、大杉は黒瀬春吉が設けた「労働問題引受所」の顧問を引き受けるが、結局、大杉はその顧問を辞退した。 しかし、大杉豊『日録・大杉栄伝』に...
詳伝・伊藤野枝

「詳伝・伊藤野枝」第274回 スペイン風邪

文●ツルシカズヒコ 大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば、一九一九(大正八)年一月二十六日、大杉は売文社で群馬県からこの日上京した蟻川直枝と会い、気が合ったふたりは浅草十二階下にある黒瀬春吉の店「グリル茶目」で食事をした。 このときの話を、安成...
詳伝・伊藤野枝

「詳伝・伊藤野枝」第273回 尾行

文●ツルシカズヒコ 一九一八(大正七)年十二月のある夜のことだった。 野枝は所用で日比谷に出かけた。 例によって尾行がひとり尾(つ)いている。 その尾き方が下手で露骨でみっともないので、野枝は癇癪を起こし、電車の中でその尾行に怒りをぶつけた...
詳伝・伊藤野枝

「詳伝・伊藤野枝」第272回 山羊乳

文●ツルシカズヒコ 大杉の末妹、橘あやめは一九〇〇(明治三十三)年生まれである。「あやめ」という命名は、六月二十五日生まれだからであろう。 大杉は十五も歳下のあやめを可愛がっていた。『日録・大杉栄伝』によれば、あやめは一九一六年にアメリカの...
詳伝・伊藤野枝

「詳伝・伊藤野枝」第271回 クララ・サゼツキイ

文●ツルシカズヒコ 大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば、一九一八(大正七)年十一月一日に開かれた同志例会で、外国の新聞や雑誌の情報を入手していた大杉は、近くドイツで革命が起きることを予見したという。 ドイツでは十一月三日にキール軍港の水兵の反...
詳伝・伊藤野枝

「詳伝・伊藤野枝」第270回 タイラント

文●ツルシカズヒコ 吉田は「警察が恐くない」という妙な自信もあって、これも彼を慢心させ堕落に陥れた要因になった。 大杉一家が滝野川の家に越してから間もなくだった。 大杉が何かの用事で吉田の家に行くことになった。 吉田と彼の啓蒙者であった水沼...
詳伝・伊藤野枝

「詳伝・伊藤野枝」第269回 無遠慮

文●ツルシカズヒコ 大杉一家が南葛飾郡亀戸町から、北豊島郡滝野川町田端の高台の家に引っ越したのは、一九一八(大正七)年夏だったが、この家には大勢の労働者、同志が出入りするようになった。 和田久太郎はこのころの野枝が一番よかったと回想している...
詳伝・伊藤野枝

「詳伝・伊藤野枝」第268回 無政府主義と国家社会主義

文●ツルシカズヒコ 野枝は『新日本』十月号に「惑い」、『民衆の芸術』十月号に「白痴の母」を寄稿している。 以下は「白痴の母」の冒頭である。 裏の松原でサラツサラツと砂の上の落松葉を掻きよせる音が高く晴れ渡つた大空に、如何にも気持のよいリズム...
詳伝・伊藤野枝

「詳伝・伊藤野枝」第267回 米騒動

文●ツルシカズヒコ 野枝は『婦人公論』一九一八年七月号(第三年第七号)に「喰ひ物にされる女」(大杉栄全集刊行会『大杉栄全集別冊 伊藤野枝全集』/『定本 伊藤野枝全集 第三巻』)を書き、売春問題を論じている。 以下、要点をピックアップ。●売春...