詳伝・伊藤野枝

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「詳伝・伊藤野枝」第319回 コミンテルン(二)

文●ツルシカズヒコ 上海で開かれるコミンテルン極東社会主義者会議に出席するために、大杉が鎌倉の家を出たのは、一九二〇(大正九)年十月二十日の夜だった(大杉豊『日録・大杉栄伝』)。 近藤憲二『一無政府主義者の回想』によれば、この日、近藤は大杉...
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「詳伝・伊藤野枝」第318回 夜逃げ

文●ツルシカズヒコ 葉山に住んでいたコズロフが、鎌倉の大杉宅にふとやって来たのは、十月初旬のころだった。 コズロフはしきりに何かを大杉に訴えていたが要領を得ず、大杉は何を言っているのかわからないまま、大杉がよくやる手でウンウンと頷いてわかっ...
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「詳伝・伊藤野枝」第317回 有名意識

文●ツルシカズヒコ 野枝は『改造』九月号(第二巻第九号)に「引越し騒ぎ」(『定本 伊藤野枝全集 第三巻』)、『婦人世界』九月号(第十五巻第九号)に「婦人の不平は意志の欠乏から」(『定本 伊藤野枝全集 第三巻』)を寄稿した。 『定本 伊藤野枝...
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「詳伝・伊藤野枝」第316回 コミンテルン(一)

文●ツルシカズヒコ 一九二〇年八月十七日、「社会改造運動の闘将養成」を目的にした、山崎今朝弥主催の平民大学夏期講習会が大杉宅で開催され、受講生二十人ばかりがやって来た(大杉豊『日録・大杉栄伝』)。 開始してすぐに解散を命じられたので、鎌倉署...
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「詳伝・伊藤野枝」第315回 幸子

文●ツルシカズヒコ さて、大杉は九人兄弟(姉妹)の長男であり、五人の妹と三人の弟がいたが、ここで整理してみたい。 長男・栄(一八八五年生・一九二三年没) 長妹・春(一八八七年生・一九七一年没)/中国・北京在住。三菱商事北京支店長・秋山いく禧...
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「詳伝・伊藤野枝」第314回 航海記

文●ツルシカズヒコ 一九二〇(大正九)年六月十五日に開かれた労働運動同盟会の例会で、岩佐作太郎が尼港事件のパルチザンを話題にした。 大杉はパルチザンについてこう書いている。 パルチザンの首領が何んとか云ふ無政府主義者で、其の秘書官がやはり何...
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「詳伝・伊藤野枝」第313回 クロポトキンの経済学

文●ツルシカズヒコ 一九二〇(大正9)年六月一日、『労働運動』第一次第六号が発刊された。 大杉は「社会的理想論」「新秩序の創造」「組合運動と革命運動」(いずれも大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第二巻』/日本図書センター『大杉栄全集 第6巻』)...
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「詳伝・伊藤野枝」第312回 ローザ・ルクセンブルク

文●ツルシカズヒコ 野枝は『労働運動』第一次第五号に「堺利彦論(五〜九)」の他に、「外国時事」欄に「独逸労働者の奮闘」と「米国鉄道罷業」、および「ざつろく」(いずれも『定本 伊藤野枝全集 第三巻』)を書いた。 一九二〇(大正九)年三月十三日...
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「詳伝・伊藤野枝」第311回 堺利彦論

文●ツルシカズヒコ 野枝は『労働運動』第一次第五号に「堺利彦論(五〜九)」を書いている。 『労働運動』第一次第四号に掲載した「堺利彦論(一〜四)」(「堺利彦論」/『定本 伊藤野枝全集 第三巻』/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集別冊 伊藤野枝全集...
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「詳伝・伊藤野枝」第310回 不景気

文●ツルシカズヒコ 大杉一家が鎌倉に引っ越した一九二〇(大正九)年四月三十日は、『労働運動』第一次第五号が発行された日でもあった。 三月の株価暴落による不景気の到来、それによる労働運動の新たな展開について、大杉が書いている。 とうたう不景気...
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「詳伝・伊藤野枝」第309回 大谷嘉兵衛

文●ツルシカズヒコ 一九二〇(大正九)年四月三十日、大杉一家は神奈川県三浦郡鎌倉町字小町二八五番地(瀬戸小路)に引っ越した。 谷ナオ所有の貸家を月六十円で借り、大杉一家四人と村木が住むことになった。 「鎌倉から」(『労働運動』1920年6月...
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「詳伝・伊藤野枝」第308回 入獄前のO氏

文●ツルシカズヒコ 一九二〇(大正九)年四月三日と四日、牛込区の築土八幡停留所前の骨董店・同好会で、第一回黒燿会展覧会が開催され、大杉は自画像「入獄前のO氏」を出品した(大杉豊『日録・大杉栄伝』)。「入獄前のO氏」を、望月桂はこう評している...