「詳伝・伊藤野枝」第163回 ロンブローゾ

文●ツルシカズヒコ

 野枝が物書きとして順調にステップアップしていく一方で、辻の評判は芳しくなかった。

 辻は、前年一九一四年の十二月、ロンブローゾ『天才論』の訳著を植竹書院から植竹文庫第二篇として出版した。

 英訳本『Man of Genius』の重訳である。

 出版にこぎつけるまでには佐藤政次郎、生田長江、岩野泡鳴、小倉清三郎らの協力があった。

 そもそも一九一二年の秋には訳し終わっていたのだが、佐藤政次郎に紹介された本屋がつぶれ、その後出版社がなかなか見つからなかったのだ。

 辻の作家デビュー作となった『天才論』は反響を呼び、たちまち十数版を重ねるベストセラーになった。

 辻も決して仕事をしていなかったわけではなかったが、世間から辻はダメ亭主と見られがちになり、そうした世間の思惑から夫婦不仲説が流れた。

 野枝はそんな噂を否定しようと奮闘した。

 辻の名誉回復のためでもあるが、ダメ亭主と一緒にいると思われることは自分のプライドが許さなかったからだ。

 私が私の良人よりも多く名を知られてゐると云ふことの為めに私達の関係について屢々(しばしば)侮辱が加へられる。

 一体名を多く知られると云ふことがどれ程その人の価値を高めることになるだろう。

 私が名高いと云ふことの為めに、私が何も良人の価値を蹴落しはしない。

 ……日本社会の浅薄さを思はないではゐられない。

 ……私はたゞ私の偽らない感想を筆で書くと云ふこと丈けしか出来ない。

 それは誰にでも出来ることなのだ。

 私は少からず買ひかぶられてゐる。

 ……今はあまりに一般婦人の内生活のレベルが低くい為めに、少しばかり私があたりまえへなことを考へてその感じたりしたことを書けばそれが珍らしがられるのだ。

 ……私には格別の智識も才能もない事丈けはたしかだ、たゞいくらでもさうした智識を得やうとする欲望は持つてゐる。

 ……私の生活がたゞ他の人々の生活にくらべていくらか真実を多く持つてゐると云ふことしかちがつてゐないやうに、私の書くものはたゞ虚偽をまじえないと云ふこと丈けは自信と誇りにもなるけれども他の点は平凡すぎる程平凡である。

 それだのに世間の人は……良人には何時も軽い軽侮の影が投げられてある。

 私はそれには何時も不快を感じさせられる。

 私は自分よりも低いものや同等のものを恋愛の対象にしたくない。

 私の家庭に少しはいつて来た人は屹度彼を私より低くねぶみすをする人はあるまいと思ふ。

 彼は世間的の地位や名聞に対して非常に冷淡で、何時でも自由を欲してゐる為めに自由を拘束されるやうな位置や名聞は却つて邪魔な位に思つてゐる厄介と云へば厄介な強情な人間である。

 私が彼よりもずつと浅い小さなものでありながら名が多く知られていると云ふことに対しては実際苦しんでゐる。

 といつて私は決して彼のもつてゐるものが光らないからと云つて彼のねうちを軽く見る程無理解ではない。

 彼がそのまゝそれを握つたまゝ死んだとしても彼のねうちは少しもちがはない。

 よく知りもしないくせに彼是(あれこれ)云ふこと丈けはつゝしんで貰ひたいと思う。

 ……つまらない憶測をしたり、よくわかりもしない人から聞きかぢりを面白さうな読み物の種にすると云ふ人々の態度を憤らずにはゐられない。

(「偶感二三」/『青鞜』1915年7月号・第5巻第7号/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』_p245~246)

「私信–––野上彌生子様へ」は、弥生子が野枝に宛てた私信に対する公開の返信だが、弥生子が野枝に宛てた私信は野枝と辻の関係がうまくいっていない、野枝と大杉の関係が接近しつつあるという噂の真偽を確かめる内容だっと推測できる。

 野枝は「私信–––野上彌生子様へ」の中で、その噂を全否定し、とかく世間からの評価が低い辻の名誉回復を試みた。

『青鞜』六月号に掲載された「私信–––野上彌生子様へ」と、同七月号に掲載された「偶感二三」を読んだ大杉は、こんなことを思っていた。

 ……N子は雑誌Sで二度自分の家庭の事を書いた。

 其の一つは、TがN子の従妹の、ちょっと郷里から出て来てゐるのと関係した事実に就いての感想であつた。

 もう一つは、ある親しい友人に答へて、自分の家庭に何にか大きな動揺があると云ふ、友人間のうはさに就いての感想であつた。

 N子は、此の前者の事実に就いては、到底回復することの出来ない大きな創を負ふたやうだつた。

 しかし後者のうはさに就いては、Tに対する測る事の出来ない深い愛を説いて、全然其のうはさを打消してゐた。

 そして、多分此の後者の文章だつたと思ふが、Tに対する謂はゆる『愚図』の世評に就いても、切りに弁解に努めてゐた。

 『いよ/\もうおしまひだな。』

 僕は直ぐに斯う直覚した。

(「死灰の中から」/『新小説』1919年9月号/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第三巻』/『大杉栄全集 第12巻』)

 大杉には辻がもう数年間なんの職業もなくほとんどなんの収入もない、といってたいして勉強しているのでもなしに、ただぶらぶらと遊んでいるように見えた。

 大杉はそういう辻に対する不平を野枝の口から聞いたこともなかったし、野枝が誰かに漏らしたという話も聞いたことがなかった。

 世間の辻に対する悪評に、野枝は沈黙を守っていた。

 これは、彼女のTに対する愛と信、と云ふだけでは説明が出来ない。

 彼女の人並はづれた見え坊から来る自尊心と意地つ張りとには、矢張り其の点では誰にも負けないつもりの僕までが窃かに驚嘆してゐた。

 『彼女の意地つ張りが今其の絶頂に達したのだ。』

 僕は遠からず彼女の此の意地つ張りが破裂するのを予想しない訳には行かなかつた。

 そして僕は一人微笑んでゐた。

 しかし又、彼女の此の自尊心と意地つ張りを思う時、僕は彼女の二度までの手紙に、ただの一言の返事もしてゐないのが堪らなく不安にもなるのであつた。

(「死灰の中から」/『新小説』1919年9月号/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第三巻』/『大杉栄全集 第12巻』)

★『定本 伊藤野枝全集 第二巻』(學藝書林・2000年5月31日)

★『大杉栄全集 第三巻』(大杉栄全集刊行会・1925年7月15日)

★『大杉栄全集 第12巻』(日本図書センター・1995年1月25日)

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