詳伝・伊藤野枝

詳伝・伊藤野枝

「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」24回 おきんちゃん

文●ツルシカズヒコ 年が改まり、一九一二(明治四十五)年、学校は三学期になった。 野枝はほとんど何もやる気が出なかった。 苦悶は日ごと重くなり、卒業試験の準備などまるですることができなかった。 「辻先生と野枝さん」と誰からとなく言われるよう...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」23回 天地有情

文●ツルシカズヒコ 野枝が福岡から帰京したころ、一九一一(明治四十四)年八月下旬の蒸し暑い夜だった。 平塚らいてうは自分の部屋の雨戸を開け放ち、しばらく静坐したのち、机の前に座り原稿用紙に向かった。 らいてうはその原稿を夜明けまでかかり、ひ...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」22回 仮祝言

文●ツルシカズヒコ 西原和治著『新時代の女性』に収録されている「閉ぢたる心」(堀切利高編著『野枝さんをさがして』p62~66)によれば、野枝が煩悶し始めたのは、上野高女五年の一学期の試験が終わり、夏休みも近づいた一九一一(明治四十四)年七月...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」21回 縁談

文●ツルシカズヒコ 級長になり、新聞部の部長を務め、谷先生の自死を知り、新任英語教師の辻の教養に瞠目した野枝の上野高女五年の一学期はあわただしく過ぎていったことだろう。 井出文子『自由それは私自身 評伝・伊藤野枝』によれば、野枝と同級の花沢...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」20回 反面教師

文●ツルシカズヒコ 野枝が上野高女五年に進級した、一九一一(明治四十四)年の春。 野枝が谷先生からの手紙に返信したのは四月末だったが、一週間が過ぎ、十日が過ぎても谷先生からの返事は来なかった。 そして、とうとう五月の上旬のある朝、谷先生の友...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」19回 西洋乞食

文●ツルシカズヒコ 一九一一(明治四十四)年四月、新任の英語教師として上野高女に赴任した辻は、さっそく女生徒たちから「西洋乞食」というあだ名をつけられた。 辻がふちがヒラヒラしたくたびれた中折帽子をかぶり、黒木綿繻子(くろもめんしゅす)の奇...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」18回 遺書

文●ツルシカズヒコ 一九一一(明治四十四)年四月末、下谷区下根岸の代家に野枝宛ての一通の分厚い手紙が届いた。 この時、野枝は上野高女五年生である。 差出人は周船寺(すせんじ)高等小学校の谷先生だった。 それは長い長い手紙だった。 書き出しは...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」17回 謙愛タイムス

文●ツルシカズヒコ 一九一一(明治四十四)年一月十八日、大逆事件被告に判決が下った。 被告二十六名のうち二十四人に死刑判決、うち十二名は翌日、無期懲役に減刑された。 兵庫県立柏原(かいばら)中学三年生だった近藤憲二は、この判決を下校途中の柏...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」16回 上野高女

文●ツルシカズヒコ 野枝が私立・上野高等女学校に在籍していたのは、一九一〇(明治四十三)年四月から一九一二(明治四十五)年三月である。 当時の上野高女はどんな学校だったのか、そして野枝はどんな生徒だったのだろうか。『定本 伊藤野枝全集 第二...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」15回 大逆事件

文●ツルシカズヒコ 野枝が上野高女に通学し始めた一九一〇(明治四十三)年春、ハレー彗星が地球に接近中だった。 七十六年周期で出現するハレー彗星が、地球に最接近したのは五月十九日だった。 ハレー彗星の尾には毒ガスが含まれているという風説が流れ...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」14回 編入試験

文●ツルシカズヒコ 一九一〇(明治四十三)年一月、前年暮れに上京した野枝の猛勉強が始まった。 代準介は野枝を上野高女の三年に編入させるつもりだったが、野枝は経済的負担をかけたくないことを理由に、飛び級して四年に編入するといってきかなかった。...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」13回 伸びる木

文●ツルシカズヒコ 野枝はこの閉塞状況を突破するために、叔父・代準介に手紙を書いた。 自分も千代子のように東京の女学校に通わせてほしいという懇願の手紙である。 それは自分の向上心、向学心、孝行心を全力でアピールする渾身の毛筆の手紙だった。 ...