詳伝・伊藤野枝

詳伝・伊藤野枝

「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」36回 染井

文●ツルシカズヒコ 辻潤宅で辻と野枝の共棲が始まったのは、おそらく一九一二(明治四十五)年の四月末ごろである。 僕はその頃、染井に住んでゐた。 僕は少年の時分から、染井が好きだツたので一度住んで見たいと兼々(かねがね)思つてゐたのだが、その...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」35回 出奔(七)

文●ツルシカズヒコ 野枝が出奔したのは一九一二(明治四十五)年四月だったが、その二年後『青鞜』に「S先生に」を寄稿し、出奔したころの上野高女の教頭・佐藤政次郎(まさじろう)の言動を痛烈に批判している。 佐藤に対する批判の要点を現代の口語風に...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」34回 出奔(六)

文●ツルシカズヒコ 野枝は上野高女のクラス担任だった西原和治が送ってくれた、電報為替で旅費を工面し上京した。 上京したのは「十五日夜」に辻が書いた手紙が福岡についた後であるから、一九一二(明治四十五)年四月二十日ころだろうか。 とにかく、野...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」33回 出奔(五)

文●ツルシカズヒコ 一九一二(明治四十五)年四月十五日付けの辻の手紙は、こう続いている。 然し問題は兎に角汝がはやく上京することだ。 どうかして一時金を都合して上京した上でなくつては如何(どう)することも出来ない。 俺は少くとも男だ。 汝一...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」32回 出奔(四)

文●ツルシカズヒコ 辻からの手紙、四月十三日の文面にはこう書いてあった。 今日帰ると汝の手紙が三本一緒にきてゐたのでやつと安心した。 近頃は日が長くなつたので晩飯を食ふとすぐ七時半頃になつてしまふ。 俺は飯を食ふとしばらく休んで、たいてい毎...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」31回 出奔(三)

文●ツルシカズヒコ 金の問題もあった。 着替えも持たず、お金も用意する暇もなく、不用意にフラフラと家を出てしまったのだ。 三池の叔母の家で金を算段するつもりだったが、ついに言い出せなかった。 そして、家出したことが知れそうになって、思案のあ...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」30回 出奔(二)

文●ツルシカズヒコ 一九一二(明治四十五)年四月、出奔した野枝は福岡県三池郡二川村大字濃施(のせ)の叔母・坂口モトの家に一時逃れ、その後、友人の家に身を潜めていた。 「出奔」はその友人の家に身を潜めていたときの実体験を創作にしている。 「出...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」29回 出奔(一)

文●ツルシカズヒコ 野枝が出奔したのは、一九一二(明治四十五)年四月初旬だった。 野枝は後に「動揺」を発表するが、その中の木村荘太宛ての手紙に出奔についての言及がある。 「動揺」によれば、新橋から帰郷の汽車に乗った野枝は徐々に落ち着いてきて...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」28回 わがまま

文●ツルシカズヒコ 登志子や従姉の家は博多の停車場から三里余りもあった。 その途中でも野枝は身悶えしたいほど、不快なやり場のないおびえたような気持ちになった。 従姉の家に立ち寄った後、安子が従姉の家に泊まることになったので、登志子と男が一緒...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」27回 日蓮の首

文●ツルシカズヒコ 門司港駅から博多に向かって汽車が動きだした。 登志子は右側の窓のところに座って外の方を向いたまま固くなっていた。 頭はほとんど働きを止めてしまった。 安子は野枝が持ってきた雑誌を、解かりもしないくせに広げて退屈しのぎに読...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」26回 帰郷

文●ツルシカズヒコ 一九一二(明治四十五)年三月末、上野高女を卒業した野枝は東京・新橋駅から列車に乗り、福岡県・今宿に帰郷した。 この帰郷について野枝が書いた創作が「わがまま」である。 「わがまま」に登場する人物設定は、以下である。 登志子...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」25回 抱擁

文●ツルシカズヒコ 上野高女の卒業が間近になったころのことについて、野枝と同級の花沢かつゑはこう書いている。 ……三月の卒業も間近になった頃友達は皆卒業後の夢物語に胸をふくらませておりました。 或る人は外交官の夫人になりたいとか、七ツの海を...