詳伝・伊藤野枝

詳伝・伊藤野枝

「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」18回 遺書

文●ツルシカズヒコ 一九一一(明治四十四)年四月末、下谷区下根岸の代家に野枝宛ての一通の分厚い手紙が届いた。 この時、野枝は上野高女五年生である。 差出人は周船寺(すせんじ)高等小学校の谷先生だった。 それは長い長い手紙だった。 書き出しは...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」17回 謙愛タイムス

文●ツルシカズヒコ 一九一一(明治四十四)年一月十八日、大逆事件被告に判決が下った。 被告二十六名のうち二十四人に死刑判決、うち十二名は翌日、無期懲役に減刑された。 兵庫県立柏原(かいばら)中学三年生だった近藤憲二は、この判決を下校途中の柏...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」16回 上野高女

文●ツルシカズヒコ 野枝が私立・上野高等女学校に在籍していたのは、一九一〇(明治四十三)年四月から一九一二(明治四十五)年三月である。 当時の上野高女はどんな学校だったのか、そして野枝はどんな生徒だったのだろうか。『定本 伊藤野枝全集 第二...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」15回 大逆事件

文●ツルシカズヒコ 野枝が上野高女に通学し始めた一九一〇(明治四十三)年春、ハレー彗星が地球に接近中だった。 七十六年周期で出現するハレー彗星が、地球に最接近したのは五月十九日だった。 ハレー彗星の尾には毒ガスが含まれているという風説が流れ...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」14回 編入試験

文●ツルシカズヒコ 一九一〇(明治四十三)年一月、前年暮れに上京した野枝の猛勉強が始まった。 代準介は野枝を上野高女の三年に編入させるつもりだったが、野枝は経済的負担をかけたくないことを理由に、飛び級して四年に編入するといってきかなかった。...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」13回 伸びる木

文●ツルシカズヒコ 野枝はこの閉塞状況を突破するために、叔父・代準介に手紙を書いた。 自分も千代子のように東京の女学校に通わせてほしいという懇願の手紙である。 それは自分の向上心、向学心、孝行心を全力でアピールする渾身の毛筆の手紙だった。 ...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」12回 東の渚

文●ツルシカズヒコ 矢野寛治『伊藤野枝と代準介』によれば、一九〇八(明治四十一)年暮れに代準介が一家を連れて上京したのは、セルロイド加工の会社を興すためだった。 長崎の代商店の経営は支配人に任せての上京である。 この分野では日本でも相当に早...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」11回 湯溜池

文●ツルシカズヒコ 一九〇九(明治四十二)年、周船寺高等小学校四年在学中の野枝は三月の卒業が間近になっていたが、野枝とクラス担任の谷先生との親交は深くなっていった。 野枝は十四歳、谷先生は二十歳だったが、ふたりの親交は年齢差や教師と生徒とい...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」10回 大人の嘘

文●ツルシカズヒコ しばらくして、校長先生がやって来た。 校長は黙って講堂のプラットフォームに立ち、大きなテーブルの前の椅子に腰をかけた。 野枝は瞬時に校長からも叱られると思った。 野枝はもう泣かなかった。 野枝の小さな体は激昂に災(も)え...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」9回 波多江

文●ツルシカズヒコ 代一家の上京により、長崎から今宿に戻った野枝は、一九〇八(明治四十一)年十一月、家から三キロほど離れた隣村の周船寺(すせんじ)高等小学校四年に転校した。 周船寺高等小学校には一年から三年まで通っていたので、転校といっても...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」8回 長崎(二)

文●ツルシカズヒコ野枝の長崎時代について、叔母・代キチは岩崎呉夫にこう語っている。 さようでございますね、近ごろのボーイッシュ・ガールってとこでしたでしょう。 あんたはアメリカへでもいけば上等なんだけど、日本じゃお嫁の貰い手がないよ。 よく...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」7回 長崎(一)

文●ツルシカズヒコ「国勢調査以前の日本の人口統計」によれば、一九〇八(明治四十一)年末の日本の都市人口の上位五都市は以下である。 ●東京市 1,488,245人 ●大阪市 1,226,647人 ●京都市  442,462人 ●横浜市  39...