「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」95回 二通の手紙

文●ツルシカズヒコ

 一九一三(大正二)年七月二日の午前中、野枝と辻と木村荘太は三人で面談をした。

 まずは「動揺」の記述に沿って、その経過を追ってみたい。

 その朝、野枝は腫れぼったい目を押さえて目覚めた。

 午前十時ごろ、野枝と辻は家を出た。

 ふたりが麹町区平河町の木村の下宿に着くと、野枝は不思議なくらい心が静まっていた。

 前夜遅くまで起きて書いたものを荘太に渡した辻は、きっぱりと言った。

「とにかくこの事件の解決は昨晩、私どもふたりの間ではついたのです」

 そして辻は野枝の方を見て、

「お話したらよいだろう」

 と彼女を促した。

「そうですか」

 荘太は相変わらず軽い調子で答えて、辻の書いたものに目を通し始めた。

 辻も荘太も、野枝の予想に反して、昂奮しているふうなところはなかった。

 三人をとりまくその場の空気は、引き締まったものがなく、野枝も一昨日の夜の荘太との面会から昨夜まで続いた激しい気分を、ここで話すという気分になれなかったので、一昨日の夜のように黙っていた。

 辻がちょっと席を立ったとき、荘太が野枝にどう解決がついたのかを尋ねた。

「やはり、私と辻は離れることはできないのです。それに一番最後に私が書いた手紙の内容と今の私の気持ちはずいぶんと乖離してしまいました」

 そう答えた野枝は、どう乖離したかを話すでもなく、黙ってしまった。

 席にもどった辻と荘太がまた話し始めた。

 辻が知りたかったのは、野枝が辻に見せずに出した二通の手紙の内容だった。

 荘太もその手紙に辻が目を通さなければ、話の行き違いが生じると言った。

 野枝はその二通の手紙について、こう書いている。

 ……手紙の文句などちつとも覚えてもゐませんし、第二のを書いたときの気持とは殆ど連絡がついてゐないのです。

 それが木村氏の方ではちやんとあつてゐるのです。

 尤も木村氏に対する恋は、第一のを書いたときから無意識の間に続いてゐたのかもしれません。

 続いてゐたのだらうと思ひます。

 そうすれば木村氏のその統一も連絡も間違ひはないのです。

 最後の責めは矢張り私にあるのです。

 私の態度が短かい間ながらグラグラ動いてゐたのによるのです。

 慎重を欠いてゐた事が一番悪いのです。

 といつて、私はそう一途に自分を責めるのも何だか可愛さうになつて来ます。

 けれども悪いには違いありません。

(「動揺」/『青鞜』1913年8月号・3巻8号/『大杉栄全集別冊 伊藤野枝全集』_p257~258/『定本 伊藤野枝全集 第一巻』_p76~77)

 二通の手紙を辻に見せることになったが、荘太によれば、それは荘太の弟である木村荘八のところに預けてあるという。

 野枝はそれを聞いて腹が立った。

 要するに荘太の本音は、このラブアフェアをネタに小説でも書いてみたい、というあたりにあるのだろうと認識したからである。

 三人は荘八の下宿のある赤坂まで歩いた。

 その途中、野枝は荘太から見せられた福士幸次郎の手紙の文面を思い浮かべていた。

「ハスには気の毒だが、今の我々には何の関係もない人だ。ハスのことなど問題じゃない」という文面である。

 荘太のとりまきがいかにも口にしそうな、あまりに乱暴な言葉に、腹が立つのを通り越して、嘲笑したい気分になった。

 若い男たちが四、五人くらいいるらしい、赤坂一ツ木(ひとつぎ)の荘八の下宿に着くと、荘太は二階に上がり手紙を持って下りて来た。

 荘太の顔には少し怒気があるように、野枝には見えた。

 Tは第一の手紙を見て私に渡しました。

 私はその手紙には自分の書いた手紙ながらかなりおどろきました。

 こんな事書いたかしらと首傾げる程激しい文句ああるのです。

 けれども私はそれを書くときに決してふまじめだつたのではありません。

 書いた事はみんなそのときの偽らない気分をそのまゝ発表したのです。

 で私は「この二通とも書いた気持は本当です。決して虚偽ではありません。」と申しました。

 私はTが必ずこの手紙には多少怒つた気色を見せるだらうと思ひましたがそれほどでもありませんでした。

 私は二人の人を前に顔を見ますとふと大きな声出して笑ひ度いやうな、小さな声で歌でも歌いたいやうな気持ちになりました。

 一昨日からあの恐ろしい激動と惑乱の中に私を投げ込んだ大事件の結末をいまつけやうとしてゐるのだと云ふやうな引きしまつた、はりつめた気にはどうしてもなれなくてたゞ、もうのん気な気持ちになつて、怒気を含んでギラ/\光つてゐる木村氏の目を見ても何とも感じませんし、おさへやう/\としてもふわ/\した気持ちになつてしまふのです。

「侮辱せずにはゐられません」と云ふ木村氏の言葉が耳に入ると私はもう少しでふき出す処でした。

(「動揺」/『青鞜』1913年8月号・3巻8号/『大杉栄全集別冊 伊藤野枝全集』_p259~260/『定本 伊藤野枝全集 第一巻』_p77~78)

 辻と一緒に荘太の下宿を辞した野枝は、急に浮ついた気持ちになって、まっすぐに体を伸ばして歩いた。

 二、三町も歩くと、今ごろあの二階でみんなでわいわいと、自分たちふたりに対してありったけの侮蔑と嘲笑を浴びせているのだろうなと思ったが、野枝は気持ちのいいほど大きな声で反対に嘲笑してやりたいような気がした。

 そうして、私は木村氏に対していくらか苦しい同情を持たずにはゐられまいと思つた来るときの期待がまつたく外れてしまつて紀尾井町(きおいちよう)の辺を歩いてゐるときには、もう全く私の頭の中には何物もないやうになりました。

 割合につまらない人だと思う他には、ただ、何だか四五本の手紙でも訳もなく動揺した自分がはづかしくなつたことゝあんな手紙をわざ/\まじめに書いて、すつかり自分を明けひろげた事が何だか損をしたやうな気持ちがして、どうしても私は是非この事を書かうと思つたきりです。

 それで一と先づ事件は片付きました。

(「動揺」/『青鞜』1913年8月号・3巻8号/『大杉栄全集別冊 伊藤野枝全集』_p260/『定本 伊藤野枝全集 第一巻』_p78)

★『大杉栄全集別冊 伊藤野枝全集』(大杉栄全集刊行会・1925年12月8日)

★『定本 伊藤野枝全集 第一巻』(學藝書林・2000年3月15日)

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