「詳伝・伊藤野枝」第137回 谷中村(二)

文●ツルシカズヒコ

 谷中村の土地買収が始まると、躍起となった反対運動も、なんの効も奏しなかった。

 激しい反対の中に買収はずんずん遂行された。

 しかし、少数の強硬な反対者だけはどうしても肯(がえ)んじなかった。

 彼らは祖先からの由緒をたてに、官憲の高圧的な手段に対しての反抗、または買収の手段の陋劣に対する私憤、その他種々なからみまつわった情実につれて、死んでも買収には応じないと頑張った。

 大部分の買収を終わって、すでに工事にかかった当局は、この少数の者に対しては、土地収用法の適用によって、他に立ち退かすより他はなかった。

 その残った家の強制破壊が断行された。

「その土地収用法というのはいったい何です?」

「そういう法律があるんです。政府がどうしても必要な土地であるのを、買収に応じない者があれば、その収用法によって立ち退きを強制することができるのです」

「へえ、そんな法律があるんですか。でも家を毀すなんて、乱暴じゃありませんか。もっとも、それが一番有効な方法じゃあるでしょうけれど、あんまりですね」

 その家屋破壊の強制執行は、さらに残留民の激昂を煽った。

「そのやり方も、ずいぶんひどいんですよ。本当ならばまず毀す前に、みんなを収容するバラックくらいは建てておいて、それからまあ毀すなら毀して、それも他のところに建ててやるくらいの親切はなければならないんです。それをなんでも家を毀して、ここにいられないようにしさえすればいいくらいの考えで、滅茶苦茶にやったんでしょう。それじゃ、とても虫をおさえているわけにはゆきませんよ。第一、他に体の置き場所がないんですからね」

 彼らはあくまで反抗する気で、そこに再び自分たちの手でやっと雨露をしのげるくらいの仮小屋を建てて、どうしても立ち退かなかった。

 もちろん、下げ渡されるはずの買収費をも受けなかった。

 県当局も、それ以上には手の出しようはなかった。

 彼らがどうしても、その住居に堪えられなくなって立ち退くのを待つより他はなくなった。

 しかし、それから、もう十年の月日が経った。

 工事も済んで谷中全村の広い地域は、高い堤防を囲まれた一大貯水池になった。

 そして河の増水のたびに、その貯水池の中に水が注ぎ込まれるのであった。

 それでも彼らはそこを去りそうな様子は見せなかった。

 『今となつちや、もう愈々(いよいよ)動くわけにはゆかないやうになつてゐるんでせう。一つはまあさうした行きがゝりの上から、意地にもなつてゐますし、もう一つは最初は手をつける筈(はず)でなかった買収費も、つひ困つて手をつけた人もあるらしいので、他へ移るとしても必要な金に困るやうな事になつたりして。処がこのころにまた提防を切つたんださうです。其処からは、この三月時分の水源の山の雪がとけて川の水嵩がまして来ると、どん/\水が這入つて来て、とても今のやうにして住んでゐる事は出来ないんださうです。当局者は、さうでもすれば、何うしても他へゆかなければならなくなつて立ち退くだろうと云ふ考へらしいのですがね。残つてゐる村民は、例へその水の中に溺れても立ち退かないと決心してゐるさうです。S(※嶋田宗三)と云ふその村の青年が、此度出て来たのもその様子を訴へに来たやうな訳なのです。』

(「転機」/『文明批評』1918年1月号・第1巻第1号〜2月号・第1巻第2号/『乞食の名誉』・聚英閣・1920年5月/『大杉栄全集別冊 伊藤野枝全集』_p386~387/『定本 伊藤野枝全集 第一巻』_p221)

「ずいぶんひどいことをしていじめるのですね。じゃ今だって水に浸っているようなものなんですね。その上に水を入れられちゃ堪ったものじゃありませんわ。そして、そのことは世間じゃ、ちっとも知らないんですか?」

「ずっと前には鉱毒問題から続いて、収用法適用で家を毀されるようになった時分までは、ずいぶん世間でも騒ぎましたし、一生懸命になった人もありましたけれど、何しろ、もう三十年も前から続いたことですからねえ、たいていの人には忘れられているのです」

 それは野枝にはまったく意外な答えであった。

 まず世間一般の人たちはともあれ、一度は本当に一生懸命にそのために働いた人があるとすれば、今また新しくそうした最後の悲惨事を、どう上の空で黙過することができるのだろう? 

 野枝は渡辺に、その何か不満な考えをむき出しに語った。

 しかし渡辺はおしなだめるように言った。

「それゃ、あなたは初めて聞いたんだからそう思うのはあたり前ですけれど、みんなは、『まだ片づかなかったのか』くらいにしか思いはしないのでしょうよ。そういうことはほんとうに不都合なことです。不都合なことですけれど、しかし、それが普通のことなんですから。いまは三河島に引っ込んでいる木下尚江さん、ご存じでしょう? あの人でさえ、一時はあの問題のために一身を捧げるくらいな意気込みでいたんですけれど、今日じゃ、なんの頼りにもならないのですからねえ」

 木下尚江といえば、一時は有力な社会主義者として敬意を払われた人である。

 創作家としても、その人道的な熱と情緒によって多くの読者を引きつけた人である。

「へえ、木下さん? ああいう人でも――」
 
 野枝は呆れて言った。

「木下さんも、前とはよほど違っていますからねえ。しかし木下さんばかりじゃない、みんながそうなんです。要するに、もうずいぶん長い間どうすることもできなかったくらいですから、この場合になっても、どう手の出しようもないから、まあ黙って見ているより仕方はあるまいというのがみんなの考えらしいんです。しかしーー」

★『大杉栄全集別冊 伊藤野枝全集』(大杉栄全集刊行会・1925年12月8日)

★『定本 伊藤野枝全集 第一巻』(學藝書林・2000年3月15日)

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