「詳伝・伊藤野枝」第142回 谷中村(七)

文●ツルシカズヒコ

 こんなにも苦しんで、自分はいったい何をしているのだろう。

 余計な遠慮や気兼ねをしなければならないような狭いところでで、折々思い出したように自分の気持ちを引ったててみるくらいのことしかできないなんて?

 野枝はこんな誤謬に満ちた生活にこびりついていなくたって、いっそもう、何もかも投げ棄てて、広い自由のための戦いの中に飛び込んでゆきたいと思った。

 そのムーブメントの中に飛び込んでいって、力一杯に手応えのあることをしてみたかった。

 自分の持っているだけの情熱も力も、そこならばいっぱいに傾け尽くせそうに思った。

 野枝は自分の現在の生活に対する反抗心が炎え上がると、そういう特殊な仕事の中に、本当に強く生きて動く自分を夢想した。

 しかし、その夢想と眼前の事実の間には、文字どおりの隔たりがあった。

 そして、夢想を実現させようとする努力よりも、やはり一日一日のことに逐われていなければならなかった。

 けれど、それは決してそうして放って置いてもいいことではなかった。

 必ずどっちかに片をつけなければならないことなのだった。

 野枝に、特にそうしたはっきりした根のある夢想を持たせるように導いたのは、大杉と荒畑寒村が三年前の秋に創刊した『近代思想』だった。
 私は何も知らずに、その薄つぺらな創刊号を手にしたのであつた。
 
 私の興味は一度で吸ひ寄せられた。

 号を逐ふて読んでゐるうちに、だん/\に雑誌に書かれるものに対する興味は其人たちの持つ思想や主張に対する深い注意に代つて行つた。

(「転機」/『文明批評』1918年1月号・第1巻第1号〜2月号・第1巻第2号/『乞食の名誉』・聚英閣・1920年5月/『大杉栄全集別冊 伊藤野枝全集』_p403/『定本 伊藤野枝全集 第一巻』_p230)

 そのうちに野枝の前に、もっと彼女を感激させるものが置かれた。

  それは、エンマ・ゴルドマンの、特に彼女の伝記であつた。

 私はそれによつて始めて、伝道と云ふ『奴隷の勉強をもつて働らき、乞食の名誉をもつて死ぬかも知れない』仕事に従事する人たちの真に高価な『生き甲斐』と云ふやうなものが、本当に解るやうな気がした。

(「転機」/『文明批評』1918年1月号・第1巻第1号〜2月号・第1巻第2号/『乞食の名誉』・聚英閣・1920年5月/『大杉栄全集別冊 伊藤野枝全集』_p404/『定本 伊藤野枝全集 第一巻』_p230)

 
 それでも野枝はまだできるだけ不精をしようとしていた。

 それには、一緒にいる辻の影響もだいぶあった。

 彼は、ずっと前から大杉たちの仕事に対しては理解も興味も持っていた。

 しかし、彼はいつもの彼の行き方どおりに、その人たちに近寄って交渉を持つことは嫌だったのだ。

 交渉を持つことが嫌だというよりは、彼は大杉たちのサークルの人たちが、どんなにひどい迫害を受けているかをよく知っていたので、その交渉に続いて起こる損害を受けるのが馬鹿らしかったのだ。

 野枝もまた、それほどの損害を受けないでも、自分には手近かな「婦人解放」という他の仕事があり、「婦人解放」といったところで、これも間違いのない「奴隷解放」の仕事なのだから、意味はひとつなのだなどと、勝手な考えで遠くから大杉たちの仕事を、やはり注意深くは見ていた。

 思ひがけなく、今日まで避けて来た事を、今、事実によって、考への上だけでも極めなければならなくなつたのだ。

  『曲りなりにも、とにかく眼前の自分の生活の安穏の為めに努めるか。遙かな未来の夢想を信じて「奴隷の勤勉」をも、「乞食の名誉」をも甘受するか』

 勿論私は何処までも、自分を欺きとほして暮して行けると云ふ自信はない。

 その位なら、これ程苦しまないでも、遂に何処かに落ちつき場所を見出してゐるに相違ない。

 では後者を選ぶか?

 私はどの位、それに憧憬をもつてゐるかしれない。

 本当に、直ぐにも、何もかもすてゝ、其処に駈けてゆきたいのだ。

 けれど、其処に行くには、私の今迄の生活をみんな棄てなければならない。

(「転機」/『文明批評』1918年1月号・第1巻第1号〜2月号・第1巻第2号/『乞食の名誉』・聚英閣・1920年5月/『大杉栄全集別冊 伊藤野枝全集』_p404~405/『定本 伊藤野枝全集 第一巻』_p231)

 苦しみあがきながら築き上げたものを、この、自分の手で、叩きこはさねばならない。

 今日までの私の生活は、何の意味も成さない事になりはしないか?

 それではあんまり情なさすぎる。

 しかし、今日までの私の卑怯は、みんなその未練からではないか。

 本当の自分の道が展かれて生きる為めになら、何が欲しからう?

 何が惜しからう? 

 何物にも執着は持つまい。

 持たれまい。

 ああ、だがーーもし本当にかう決心しなければならないときが来たらーー私はどんな事があっても、辛い目や苦しい思いをしないやうにとは思わないけれど、それにしても、今の私にはあまりに辛らすぎる。

 苦しすぎる。

 せめて子供が歩くようになるまでは、ああ!

 だが、それも私の卑怯だらうか?

(「転機」/『文明批評』1918年1月号・第1巻第1号〜2月号・第1巻第2号/『乞食の名誉』・聚英閣・1920年5月/『大杉栄全集別冊 伊藤野枝全集』_p405~406/『定本 伊藤野枝全集 第一巻』_p231)

★『大杉栄全集別冊 伊藤野枝全集』(大杉栄全集刊行会・1925年12月8日)

★『定本 伊藤野枝全集 第一巻』(學藝書林・2000年3月15日)

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