「詳伝・伊藤野枝」第214回 寺内内閣

文●ツルシカズヒコ

 一九一六(大正五)年十一月八日、大杉が目を覚ましたときには、もうかなり日は高かった。

 神近も野枝も無事でまだ寝ていた。

 朝食をすますと、野枝はすぐ日蔭茶屋を出て帰京した。

 神近は野枝の帰京を疑っている口ぶりだった。

 野枝は近くに潜んでいて、自分が帰ったら、日蔭茶屋に戻って来るのではないか。

 神近は割合に人が好くて人を信じやすいかわりに、疑い出すとずいぶん邪推深い女だと、大杉は思った。

 しかし、大杉は彼女に対してあまり強く出ることもできなかった。

 彼女との約束をすっぽかして、野枝と一緒にここに来たという弱味があったからだ。

 神近の疑いに対して、大杉はただひと言「馬鹿な」と軽く受け流していた。

 昼食がすむと、大杉は苦りきった顔をして、原稿紙を取り出して机に向かった。

 神近は仕方なしにおげんさんの案内で海岸に遊びに行った。

 そのころちょうど寺内内閣が成立し、大杉は『新小説』十二月号に、寺内内閣が標榜するいわゆる善政についての批評原稿を依頼されていた。

 憲政会は三菱党だ。

 政友会は三井党だ。

 従つて此の二大政党には、今日の意味での善政、即ち社会政策を行ふ事は到底出来ない。

 彼等は資本家党なのだ。

 官僚派は資本家の援助がなければ何事も出来ない事はよく知つてゐる。

 しかし彼には此の資本家の上に立つ政治家だと云ふ、ともかくもの自尊がある。

 そして猶、此の資本家の横暴と対抗するには、労働者の援助をかりなければならない。

 そこで其の政治は、善政は、即ち社会政策をとるほかはない。

 僕はざつとそんな風に考へてゐた。

 そして、猶それを歴史の事実の上から論ずるつもりで、がその晩年熱心な社会政策論者であった事や、又ドイツのビスマルクの例を詳しく書いてみようと思つてゐた。

 僕はだれだかの『ビスマルクと国家社会主義』を其の参考に持つて来てゐた。

 で、先づざつと其の本を読んで見ようと思つた。

(「お化を見た話」/『改造』1922年9月号/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第三巻』には「葉山事件」と改題所収/日本図書センター『大杉栄全集 第12巻』)

 しかし、机の前に座った大杉の頭は熱と雑念で重かった。

 大杉は神近とはもうおしまいだと思った。

 ふたりが深い関係になってから、このもうおしましだという言葉が、彼女の口から三、四度も出た。

 が、今度は大杉が初めてそれを言い出そうと思った。

 ……僕と伊藤とはこの姉さんにあまりに甘えすぎたようだ。

 あまりに無遠慮すぎたようだ。

 それをあまりに利用しすぎたとまでは思わないが。

 ヒステリーとまでは行かんでも、その後彼女は、その生来の執拗さがますますひつこくなった。

 いろんな要求がますます激しくなった。

 が、ここに白状して置かなければならないのは、僕はだんだんこの執拗さにいや気がさして行ったのであるが、しかしまた、その執拗さが僕にとっての一つの強い魅力ででもあったことだ。

 そしてその執拗さが満足されないと、彼女はきまってそのヒステリーを起こした。

 そしてそのたびに、彼女の口から、例の「殺す」という言葉が出た。

 かくして僕は彼女から三度ばかり絶交を申渡された。

 が、その翌日には、彼女はきっと謝って帰って来るのだった

(「お化を見た話」/『改造』1922年9月号/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第三巻』には「葉山事件」と改題所収/日本図書センター『大杉栄全集 第12巻』)

 「しかし、今度はもう断然、その絶交をこっちから切り出すんだ」

 大杉は原稿紙を前に置いたまま、それにはただ「善政とは何ぞや」という題を書いただけで、ひとり言のように言った。

 「こんどもし、君が殺すと言ったり、またそんな態度を見せた場合には、僕は本当に君と絶交する」

 最後の仲直りのときに、大杉は彼女にそう言った。

 そして、昨晩、大杉は彼女の顔の中に確かに殺意を見た。

 神近が散歩から帰ってきた。

 大杉は机に片肘をもたせかけて、熱でほてる頭を押さえていた。

 大杉が一行も書けないでいる原稿紙を見て、神近は冷ややかに嘲笑うような表情をした。

★『大杉栄全集 第三巻』(大杉栄全集刊行会・1925年7月15日)

★『大杉栄全集 第12巻』(日本図書センター・1995年1月25日)

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