「詳伝・伊藤野枝」第203回 二人とも馬鹿

文●ツルシカズヒコ

 一九一六(大正五)年五月末、『女の世界』六月号を読んだ野枝は、大杉にこう書いている。

 あなたは本当にひどいんですね。

 あんな余計な処まで抜き書きをしなくつたつていいぢやありませんか。

 本当にひどい。

 でも、あなたが怒る/\つて云つてらしたほど怒りはしませんけれどね。

 大好きなあなたがお書きになつたのですものね。

 三人のあれを読んで分らない人は到底救はれない人達ですね。

 私は何よりも、あのあなたのお手紙によつて、保子さんがあなたの気持をおたしかめになる事が出来るだらうと云ふ事を考へてゐます。

 神近さんのを拝見して、非常によくあの方の気持が解つた事を嬉しく思ひました。

 ただ、あなたと神近さんの最初の事が彼処に書いてありましたのね。

 あれを読んで、あなたに少し厭やな感じを持ちました。

 何故だか分るでせう?

 私は昨日一日その厭やな感じを払い退ける事が出来ないでゐました。

 今はもうそれ程ではありません。

 国の父からは怒つて来ました。

 子供なんか連れて来てはいけない、一人でも当分来てはいけない、と云つて来ました。

 叔母からも従妹からもまだ何んとも云つては来ません。

「書簡 大杉栄宛」一九一六年五月三十日/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』_p369/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』「恋の手紙ーー伊藤から」)

 大杉はこう返信している。

  安成からは、きのふそちらへ金を送つた筈だが、ついたか知ら。

 子供の事も、一昨日頼んで置いたが、もうやがて返事が来る事と思ふ。

 あなたのお詫びは、わざ/\されなくつても、僕にはよく分つてゐる。

 しかし、あなたばかりが悪いのぢやない、僕の方でも、矢張り同じ事をあなたにお詫びしなければならぬのだ。

 二人とも馬鹿なのだ。

 其の馬鹿は、二人ともお互ひによく分つてゐるのだから、今さらもうくど/\しく云ふ必要もあるまい。

『女の世界』のは、ああして三人のが並んで見ると、甚だ不十分ながらも、ともかく大体の気持だけは分るやうだ。

 書きぬきに対する御立腹は、最初から覚悟してゐた。

 神近の書いたものを読んだ時にも、あなたがそれを読む時の不快は、想像してゐた。

 立腹と不快とは、あなたのおハコなんだからね。

(「戀の手紙ー大杉から」大正五年五月三十日正午/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』_p620~621)

 しかし、『女の世界』六月号は五月三十日に発売禁止になった。

 その余波で同誌七月号に掲載予定だった野枝の「果して人類の不幸か」も掲載が見送られた。

 同誌七月号の「編輯だより」によれば、「本号に掲載する予定の伊藤野枝氏の評論は又々氏今回の事件に関連して母と子を論じた、現代の道徳を脅かす患(うれ)ひあるものでしたから之も見合せました」(堀切利高編著『野枝さんをさがして』_p55)。

 『女の世界』六月号発禁の余波は『大阪毎日新聞』にまで及び、同紙に掲載予定だった野枝の原稿も不掲載になった。

 送り返されてきた原稿には同紙文芸部長・菊地幽芳の非常な賛辞がついていたという(『定本 伊藤野枝全集 第二巻』「書簡 大杉栄・一九一六年六月六日」解題)。

 けれども、ともかく向うからの注文で書いたのだから、原稿を送れば金を出さないと云ふ事も出来まい。

 どうなるかね。

 『女の世界』の発売禁止は、向うでも随分の損害だらうが、僕等にとつても、少なからず影響がある。

第一には、世間の奴等は僕等を何んと罵倒しようが勝手だが、僕等にはそれに対して一言半句も云ふ権利がなくなつた訳だ。

 実は『中央公論』で例の高島米峯の奴が、『新しい女を弔ふ』とか何とか云ふ題で、大ぶ馬鹿を云つてゐるし、『新潮』でもケタ平(赤木桁平)の奴が妙な事を云つてゐるし……『それがどうしたと云ふのだ』とウンと威張つてやりたかつたのだが、それも出来さうにない。

 又、『実業之世界』から少々の借金をするつもりでもゐたのだが、今日行つて見ての弱り方を見ると、それも云ひ出せなかつた。

 それで止むを得ず、漸くの事で春陽堂から前借りして来た二十円だけを、電報為替で送つて置いた。

 しかも其の為替料は、安成に出して貰つたのであつた。

 宿屋にゐて、金もロクに払へないのは、つらからうが、これも仕方がない。

 ……今神近が奔走してゐてくれる。
 
 斯う暑くなつちや、着物にも困るだらう。

 安成の所では、子供の事に就いて、まだ返事が来てゐないさうだ。

 そちらの方での話はうまく行きさうなのか。

 『女の世界』を見てからの保子は、僕に対しては、もう何んのいやみも皮肉も云はないようになつた。

 しかし、自分の事はもう何んにも書かないでくれ、と云ふ注文だ。

 あなたや神近に対しては、まだ、少しも好意のある顔付を見せない。

 ひとりボツチでゐるのは、まだ矢張り、静かでいい気持かい。

 少しは僕を思ひ出させるやうに、若しあしたの朝うまく金がはいつたら、お望みのハムと何か御菓子を送らうと思つてゐる。

(「戀の手紙ー大杉から」大正五年五月三十一日午後九時/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第四巻』_p622~626)

★『定本 伊藤野枝全集 第二巻』(學藝書林・2000年5月31日)

★堀切利高編著『野枝さんをさがして 定本 伊藤野枝全集 補遺・資料・解説』(學藝書林・2013年5月29日)

★『大杉栄全集 第四巻』(大杉栄全集刊行会・1926年9月8日)

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