本日8/22は対馬丸が
撃沈されて70年だそうです。
沖縄から長崎に向かう途中、
米潜水艦の魚雷で撃沈された
学童疎開船の対馬丸。
事件については
軍部により緘口令が布かれたが、
疎開先から来るはずの
手紙がないなどから、すぐにバレた。
「引率の元教諭、
全生徒13人犠牲に今も自責の念」
を読んで思ったのは、
33回忌を終えるまで
自身の体験を話せなかった
という元教諭・糸数さんの
証言がやるせないなと。
本来なら、戦後いち早く、
生存者のひとりとして
証言すべきなんだろうが、
まわりの圧力というか
世間の圧力がそれを
拒ませたのでしょう。
嫌だなと思うのは、
先生のクセに生徒を見殺しにして
自分だけ生き残りやがって
というような圧力ですね。
糸数さんだって生き残ったけど、
立派な犠牲者なんです(戦争の)。
いざとなれば、
自分の命最優先に
行動してしかるべき。
糸数さん、長い間、
辛い思いをしていた
のではないだろうか。

