ポチのクレヤン編集長日記:ポチことツルシカズヒコが書く身辺雑記

平塚らいてうの関東大震災〈補足〉


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平塚らいてう&
神近市子の関東大震災
」ですが、
平塚らいてう著
『元始女性は太陽であった
-平塚らいてう自伝(完結篇)』
(大月書店/1973.11.16)を
入手したので、大幅に補足
させていただきます。

1923年9月1日11時58分。
平塚らいてう(37歳)は
豊多摩郡千駄ヶ谷九〇五の借家にいた。

夫の奥村博史(34歳)、
長女・曙生(8歳)、
長男・敦史(6歳)も一緒で、
彼女は台所に立ち
昼食のシチューを作るために、
肉の缶詰を開けたり、
ジャガイモやニンジンの
皮を剥いたりしていた。

〈ふと、代々木方面から、
四、五台の自動車が続いて
走ってきたかとおもわれるような
地響きを聞きました。

次の瞬間、(略)まっすぐ立って
いられないほどの大揺れで、
見る間に本棚の上の置時計や
写真立てがころげ落ち、
本棚が倒れて、
本が飛び散りました。

襖も障子も外れて、壁土が舞い落ち、
一瞬にして家のなかは、
滅茶々々になりました。〉



第一震、第二震と続いたが、
屋根から飛び散る瓦に危険を感じ、
らいてう一家は
しばらく家の中にいた。

震動がおさまり始めたので
外に出てみると、
あたりの家は軒並み瓦や壁が落ち、
門や塀の倒れた家も少なくない。

余震は続き、支えなしに立っている
こともできないので、
道端の樹木の幹に抱きつき身を守った。

2、3時間後、
市内から逃げ帰ってきた近所の人から、
市内の惨状を耳にする。

ぺしゃんこに潰れた家、
血まみれの負傷者、
燃え広がる火の手……。

南の新宿の方角の空には
赤黒い煙が広がり、
夜になると東南の空
一面が血の色に染まった。

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東京市とその周辺に戒厳令が布かれ、
千駄ヶ谷のらいてうの町内でも、
厳重に井戸にフタをした上、
自警団を作って見張りに立った。
数珠つなぎになり連れて
いかれる朝鮮人も目撃している。

下町一帯の被害に比べれば、
被害は取るに足らなかったので、
千駄ヶ谷の借家は壁の修理をし、
そのまま住むことができた。

しかし、らいてうは
1日違っていたら……と述懐している。

というのは、
前日のちょうどその時刻ごろ、
らいてう一家は久しぶりに
浅草に出かけていた。
子供が好きな動物映画を観るためだった。

らいてう一家が観た
動物映画ってなんだったんだろう?
気になる。

平塚らいてう
(1886年 – 1971年)の自伝は、
彼女が『青鞜』から離れて以降、
私的にはほとんど興味がないんですが、
女性解放運動の
象徴のような人ですから、
バックアップする組織もあったようで、
自伝の信頼度は高いと思います。



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