「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」60回 相対会

文●ツルシカズヒコ

 この発禁になった『青鞜』一九一三年二月号で野枝が月刊『相対』創刊号を紹介している。

 今度かう云ふ雑誌を紹介致します。

 小さい雑誌ですが極めて真面目なものでかう云ふ種類の雑誌は他にはないさうです。

 本誌は小倉清三郎氏が単独でおやりになつて居ります。

 材料も非常に沢山集めてあるさうです。

 私共はかう云ふ真面目な小雑誌の一つ生まれる方が下だらない文芸雑誌の十生まれるよりはたのもしく思ひます。

 内容

 主たたる問題 性的経験と対人信仰

 …………

(「寄贈雑誌」/『青鞜』一九一三年二月号・第三巻第二号/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』_p22)

「寄贈雑誌」解題(『定本 伊藤野枝全集 第二巻』_p454)によれば、『相対』は小倉清三郎が主宰した性問題研究会である相対会の会報で、一九一三(大正二)年一月に創刊、一九四四(昭和一九)年まで続いた。

 当時、相対会には三百人あまりの会員がいて、らいてう、紅吉、野枝、辻、大杉栄らがよく小倉の家に出入りしていた。

 辻と小倉は神田区錦町の国民英学会の同級生だった。

『元始、女性は太陽であった 平塚らいてう自伝(下巻)』によれば、小倉は『青鞜』の唯一の男性寄稿者だった。

「野枝子の動揺に現はれた女性的特徴」(『青鞜』四巻一号)は、野枝が書いた私小説「動揺」を性問題研究の立場から批評した長文の研究論文だった。

 小倉はその後も「性的生活と婦人問題」(『青鞜』四巻十一号)など、『青鞜』に何度か寄稿をしている。

 会員は……毎月一回会合して、自分の体験を反省して語りあい、あるいは文書にして報告したりして、それを研究の資料とするのでした。

 わたくしたちは小倉さんと裸体クラブをつくる話をよくしたものです。

 人間はハダカで暮らせば過剰な性的刺戟がなくなるだろうなどといって、裸体生活を礼讃する小倉さんでしたが、裸体クラブの計画は終に実現しませんでした。

(『元始、女性は太陽であった 平塚らいてう自伝(下巻)』_p544)

「雑音(二十四)」(『定本 伊藤野枝全集 第一巻』)によれば、このころの野枝は「一番苦しい、そして一番私と云ふものを試された時代」であった。

 卒業、帰郷、出奔、婚約破棄ーー。

 父や叔父や叔母、習俗に生きるしかなく義理のためなら死も辞さない人たちの、その観念を踏みにじらなければ野枝の道は開けなかった。

 血を絞るような争いのはてに、ついに第二の出奔となった。

 家族や肉親から憎悪と憤怒の目で見張られながら、悲しみと苦しみに踠(もが)き、自分の生活に一条の光を見出そうとした。

 野枝を救うのはいつも夫だった。

 野枝が肉親のすべてを捨てたときに、夫の母と妹は野枝を快く受け容れてくれた。

 野枝は夫の母と妹にできうるかぎりの真実を尽くそうとした。

 しかし、夫を通じてのみの関係だけでは、お互いの理解がすみずみまで透ることもないのも事実だった。

 ともすれば、野枝は小さく肩をすぼめて片隅に涙を拭かねばならぬ日があった。

 野枝たちふたりの恋愛が成り立った日から夫は失職した。

 それからの窮迫は言外だった。

 しかし、あくまで息子を信じた母は黙って堪えた。

 けれどもいよいよひしひし迫ってくるとき、ともすると、引き締めた心に弛みが出くるようになった。

 重しが緩むと、日ごろの不平がすべての支えを押しのけて洪水のように押し寄せてくるのであった。

 そのたびに辛い思いをするのが野枝だった。

 失職の原因がふたりの恋愛であるということが、野枝を苦しめた。

 露骨な感情を持って言い罵られたりするたびに、ただ涙を呑んだ。

 そんなとき、ただ一心に夫の愛に頼ろうとした。

 けれどもどうかすると、野枝だけがひとり突き放され、夫の深い理解が彼女の心の隅々まで透らない。

 それは骨肉という一種、不思議な力がそうさせるときだった。

「私は本当にひとりきりだ!」

 骨肉に牽(ひ)かれた夫の背中を見つめるとき、そのときが野枝にとって一番暗い、恐ろしいときであった。

 そして野枝は自分が突き放してきた故郷の人たちを想った。

 野枝は自分のために、あらゆる苦痛を受けている父と母を想った。

 暗い家を想った。

 野枝の胸は痛くなる。

 自分の道を信じて進むことによって、無智なだけの両親に暗い心配をさせているという苦痛は、野枝の心の隙間にいつも入り込んでいて、野枝を深く責めさいなんだ。

 そのたびに、野枝は自分の生活をもっと意義のあるものにせねばと奮起した。

 そうしてようやく自分を慰めた。

 辻は野枝と辻の家族との悲しい心のいき違いに黙し、理不尽な言い募りにも口を挟むことをしなかった。

 そういうとき、野枝は辻にもの足りなさを感じた。

 辻は家族の前で妻をかばうという態度を決して見せなかった。

 野枝は辻の心の置き場所がずっと深いところにあるのは理解しているが、彼から放たれた自分はただひとりきりの頼りない身の上であるということが、かぎりなく恐ろしくなることがあった。

 女同士の微細な感情のこじれ合いーーそういうことも男には理解のできないことのひとつだった。

 あるとき、野枝は岩野清子にそういう苦痛の一端を漏らして同情を買おうとした。

 野枝はそれが醜い行為であることは承知しているが、当時の野枝はその苦痛をひとりで持ちこたえるにはあまりに幼稚であった。

 野枝のその行為は辻の激しい不快を買った。

 けれども、野枝はそのときの岩野の心からの同情をいつまでも忘れられなかった。

★『定本 伊藤野枝全集 第二巻』(學藝書林・2000年5月31日)

★『元始、女性は太陽であった 平塚らいてう自伝(下巻)』(大月書店・1971年9月6日)

★『定本 伊藤野枝全集 第一巻』(學藝書林・2000年3月15日)

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