「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」71回 White Cap.

文●ツルシカズヒコ

 一九一三(大正二)年四月、青鞜社の事務所は本郷区駒込蓬萊町の万年山(まんねんざん)勝林寺から、東京府北豊島郡巣鴨町大字巣鴨一一六三の借家に移転した。

『元始、女性は太陽であった 平塚らいてう自伝(下巻)』(p457)によれば、南湖院の仕事を辞めて青鞜社の仕事に専心することになった、保持の住居の確保のためであり、そして「青鞜」が新聞種になり来訪する新聞記者が多くなり、勝林寺の住職からやんわり立ち退きを言い渡されたからだった。

 院線の巣鴨駅の近く、ひば垣をめぐらした新建ちの三間の借家で、保持の住居も兼ねていた。

 保持、中野初子、哥津、野枝、らいてうが社員の応対に当たった。

 同じころ、岩野泡鳴、清子夫妻も目黒から巣鴨村宮仲に引っ越してきたので、清子もしばしば事務所に顔を出すようになった。

 四月二十日、文部省が婦人雑誌関係の反良妻賢母主義的婦人論の取り締まり方針を決定した。

 そうした官憲の取り締まり強化の中、『青鞜』四月号について警視庁高等検閲係から出頭を命ずる通知が届いた。

 四月二十五日午前十時、警視庁に保持と中野が出向き「日本婦人在来の美徳を乱すところがたくさんある」という注意を受けた。

 特に名指しはされなかったが、当局を刺激したのは、らいてうが『青鞜』四月号書いた「世の婦人達に」だった。

 この小文でわたくしは、良妻賢母主義に対する疑問を提出し、結婚のみにしばられた在来の女の生き方を否定し、現行の結婚制度をーー主として民法親族篇の不条理をあげて、女の新しい生き方を訴えています。

(『元始、女性は太陽であった 平塚らいてう自伝(下巻)』_p458)

 野枝は『青鞜』四月号に「この頃の感想」を寄稿している。

 四月二十八日、福島の消印のある封書一通が、巣鴨の青鞜社事務所に舞い込んだ。

 宛名は「事務所内 岩野清子 伊藤野枝 他二名行」とあり、差出人は「ホワイトキヤツプ 党長代理」。

 開封した保持が大まじめに野枝に言った。

「こんな手紙が舞い込んだから、乱暴くらいやられるかもしれません」

 野枝は何が書いてあるのかと思い読んでみた。

 左ノ四名ニ告グ

 汝等ハ偏狭ニシテ「ヒステリイ」的ナル思想ヲ以テ……汝等ノ言ハ常ニ婦人ノ権利ヲ要求シテ、義務ヲ提供セズ……。

 汝等ノ望ムモノハ只、奇激ナル行動及ビ言文ニ依リテ社会ヨリ注目セラレタシト云フ虚栄(虚は誤字)ト岩野抱鳴(抱は誤字)ノ半獣主義ヲ標傍(傍は誤字)シテ己レノ淫心ヲ充タサントスル心ノミナルベシ、汝等対社会ハ、蚤蚊対人間ニ等シク汝等ノタメニ受クル害ハ小ナリト雖モ害ハ害ナリ。

 依テ汝等ヲ左ノ方法ニ依リ全部殺スベシ。

 ……電力ニ依リ、麻酔剤ニ依リ腕力ニ依リ、短銃ニ依リ其他ニ依リテ必ズ殺害ヲ全フスベシ。其期限明言シ難キモ、来月五月一日ヨリ三ケ月間若ハソレ以上ニ渉ル事アルベシ。

 最後ニ、汝等各自ノ死ハ此ノ状ヲ見シ瞬間ヨリ、今ヨリ!!!

 青鞜社中第一期ニ殺スベキモノ

 岩野きよ 林 千歳
 伊藤野枝 荒木いく

 4.27.1913. 

 White Cap.
 ホワイトキヤツプ
 党長代理

 此予告ヲ近時流行セル(日本)ブラツクハンドレターと同視スルモノアラバヨシ右の四人ノ中、何奴ニテモ(モツトモ始メニ)殺害セラレタルトキニ於イテ普通ノ脅迫状ト見シ嘲ヒヲ解ケ。

 我党ノ本部ハ明言シガタシモ准党員ハ九十一名全国ニ渉リテ散在セリ。
    
「編輯室より」/『青鞜』1913年6月号・3巻6号/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』_p28~30)

※野枝は〈四月二十六日附〉と「雑音」に書いている。

 野枝はこの脅迫状にこう言及している。

 先づ奇抜な誤字に驚きました。

 驚察なんぞは最もふるつてゐます。

 先づその誤字に印をつけて数へて見ました。

 文字はきれいに極め細かくペンで書いてあります。

 中学あたりに通つてゐる坊ちやんのいたづらか、或は不良少年のいたづら位だらうと思いました。

 とにかくおもしろいと手を叩いて笑つたのです。

 だが林さんを引きづり込んだのはどうした訳だか 一寸見当がつきませんでした。

 青鞜社中でも第一期に殺すべき者なんてありますから、らいてうとでもいふのかと思つたら可笑(おか)しくてたまりませんでした。

 五月一日からとりかゝるさうですが まだ私はかうして編輯室よりを書いたりしてゐますから御安神(あんしん)下さい。

 岩野さんも荒木さんもぶじです。

 林さんもたぶん何事もないだらうと思ひます。

 若し私が編輯室へ出なくなつたらホワイトキヤツプの手にたをれたものと思つて可哀さうに思つて下さい。

 だけども警察もずいぶんですね、ホワイトキヤツプの人たちは大ぜいの人を今まで手に掛けたやうに書いてあるではありませんか、そんな者に横行されては善良なる人間を一番苦しめるのではないせうか。

 私がこう云ひますと、或る人が「ナアニ青鞜社の人たちはいま危険思想だの何だのつてその筋から白眼(にら)まれてゐるのだから却つてホワイトキヤツプの連中に手伝ひしてこの際撲滅しやうなんて云ひますかも知れませんね」と云ひました。

(「編輯室より」/『青鞜』1913年6月号・3巻6号/『定本 伊藤野枝全集 第二巻』_p30)

★『元始、女性は太陽であった 平塚らいてう自伝(下巻)』(大月書店・1971年9月6日)

★『定本 伊藤野枝全集 第二巻』(學藝書林・2000年5月31日)

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