詳伝・伊藤野枝

詳伝・伊藤野枝

「詳伝・伊藤野枝」 第181回 厚顔無恥

文●ツルシカズヒコ 大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば、大杉、神近、野枝の三人が会ったのは二月中旬ころだった。 大杉の書いた「お化を見た話」によれば、大杉は神近から絶縁状を受け取った。 「もし本当に私を思っていてくれるのなら、今後もうお互いに...
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「詳伝・伊藤野枝」第180回 チリンチリン

文●ツルシカズヒコ 大杉が神近の下宿を訪れたこの日、神近は不意に原稿料が手に入ったので、夕方、東京日日新聞社を出ると銀座に出かけた。 神近は木村屋に行って、 パン類を一円余り買い礼子に送った。 礼子は神近と高木信威(たかぎ・のぶたけ)との間...
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「詳伝・伊藤野枝」第179回 日比谷公園

文●ツルシカズヒコ 一九一六(大正五)年二月上旬、大杉と野枝はふたりだけのデートをし、夜の日比谷公園でキスをした。 二月のいつであつたか(僕は忘れもしない何月何日と云ふやうな事は滅多にない)三年越しの交際の間に始めて自由な二人きりになつて、...
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「詳伝・伊藤野枝」第178回 欧州戦争

文●ツルシカズヒコ 『青鞜』一九一六年二月号に野枝は「白山下より」を書いた。 地方在住の『青鞜』の読者が家出をして青鞜社社員の家に転がり込むケースがあったと、平塚らいてうも『元始、女性は太陽であった 平塚らいてう自伝(下巻)』(p572)に...
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「詳伝・伊藤野枝」第177回 ねんねこおんぶ

文●ツルシカズヒコ 大杉と堀保子は前年一九一五(大正四)年十二月、小石川から逗子の桜山の貸別荘に引っ越していた。 『近代思想』(第二次)一月号(第三巻第四号)が発禁になったので、大杉は一九一六(大正五)年一月二日にその対策のために逗子から上...
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「詳伝・伊藤野枝」第176回 公娼廃止

文●ツルシカズヒコ 一九一六(大正五)年一月三日、『大阪毎日新聞』で野枝の「雑音–––『青鞜』の周囲の人々『新しい女』の内部生活」の連載が始まったが(〜四月十七日)、肝心の『青鞜』一九一六(大正五)年一月号の表紙は文字だけになった。 野枝は...
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「詳伝・伊藤野枝」 第175回 婦人矯風会

文●ツルシカズヒコ 「死灰の中から」によれば、大杉は七月末に野枝が出産のために帰郷したことは知っていた。 大杉は忙しかったので、野枝が帰郷する一ヶ月ほど前から彼女に会う機会はなかった。 十月、大杉は第二次『近代思想』を復活号として発刊した。...
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「詳伝・伊藤野枝」第174回 御大典奉祝

文●ツルシカズヒコ 一九一五(大正四)年十一月四日、野枝は郷里の今宿で次男・流二を出産した。 矢野寛治『伊藤野枝と代準介』によれば、野枝は出産後、西職人町(現・福岡市中央区舞鶴二丁目)、福岡玄洋社そばにあった代準介・キチ夫婦の家に一ヶ月ほど...
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「詳伝・伊藤野枝」第173回 戦禍

文●ツルシカズヒコ 野枝は石炭を運ぶ肉体労働者について『青鞜』にも書いた。 ……貯炭場に働いている仲仕たち–––仲仕と云へば非常に荒くれた人たちを想像せずにはゐられないけれど此処に働いてゐるのはこの土地の人たちばかりでそんなに素性の悪いやう...
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「詳伝・伊藤野枝」第172回 早良(さわら)炭田

文●ツルシカズヒコ 野枝と辻はなぜ今宿に四ヶ月もの長逗留をしたのかーー。 野枝は第二子を出産するころ、ある「決心」をしていたと書いている。 ……私はとう/\決心したのです。 ……母に一時だけ子供をつれて田舎にひとりで行かして貰ひたいと切り出...
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「詳伝・伊藤野枝」第171回『門司新報』

文●ツルシカズヒコ 『女の世界』(第一巻第四号・一九一五年八月)に載った「野依社長と伊藤野枝女史との会見傍聴記」について、野枝はしきりに反省している。 ……あの野依(のより)と云ふ人を厭な人だとは勿論思ひません。 どちらかと云へば気持のいゝ...
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「詳伝・伊藤野枝」第170回 千代の松原

文●ツルシカズヒコ 一九一五(大正四)年七月二十日、辻と野枝は婚姻届を出した。 七月二十四日朝、野枝と辻と一(まこと)は今宿に出発した。 この帰郷は出産のためで、十二月初旬まで今宿に滞在した。 野枝が次男・流二を出産したのは十一月四日だった...