詳伝・伊藤野枝

詳伝・伊藤野枝

「詳伝・伊藤野枝」第193回 パツシヨネエト

文●ツルシカズヒコ 一九一六(大正五)年五月三日、野枝は大杉から三通目の手紙を受け取った。 ……三十日と一日の二通のお手紙が来ている。 本当にいい気持になつて了つた。 僕はまだ、あなたに、僕の持つてゐる理窟なり気持なりを、殆ど話した事がない...
詳伝・伊藤野枝

「詳伝・伊藤野枝」第192回 蓄音機

文●ツルシカズヒコ 五月二日、野枝は大杉からの二通目の手紙を受け取った。 四月三十日、神近が大杉に会いに来て泊まっていったという。 ●……神近が来た。 四五日少しも飯を食わぬさうで、ゲツソリと痩せて、例の大きな眼を益々ギヨロつかせてゐた。 ...
詳伝・伊藤野枝

「詳伝・伊藤野枝」第191回 狐さん

文●ツルシカズヒコ 五月一日、野枝は大杉からの手紙を受け取った。 ながい間憧憬してゐたらしい、御宿の、ゆうべの寝心地はいかに。 こちらでは、よる遅くなつてから降り出したが、そちらでも同じ事だつたらうと思ふ。 別れ、旅、雨、などと憂愁のたねば...
詳伝・伊藤野枝

「詳伝・伊藤野枝」第190回 上野屋旅館

文●ツルシカズヒコ 御宿に滞在中の野枝は、一九一六(大正五)年四月三十日、大杉に手紙を書いた。 かうやつて手紙を書いてゐますと、本当に遠くに離れてゐるのだと云ふ気がします。 あなたは昨日別れるときに、ふり返りもしないで行つてお仕舞ひになつた...
詳伝・伊藤野枝

「詳伝・伊藤野枝」第189回 両国橋駅

文●ツルシカズヒコ 辻の家を出た野枝は、とりあえず神田区三崎町の玉名館に身を落ちつけた。 玉名館は荒木滋子、郁子姉妹の母が経営する旅館兼下宿屋である。 荒木滋子は七年後、甘粕事件で野枝が虐殺された直後にこう回想している。 いつでしたか、ずつ...
詳伝・伊藤野枝

「詳伝・伊藤野枝」第188回 白山下

文●ツルシカズヒコ 野枝はそのころの自分の感情や考えを、青山菊栄にもうまく話せていなかったようだ。 菊栄はこう書いている。 其頃(※一九一六年春ごろ)から例の大杉さんを中心に先妻と神近市子氏と野枝さんとが搦(から)み合つた恋の渦巻が捲き起こ...
詳伝・伊藤野枝

「詳伝・伊藤野枝」第187回 桜川

文●ツルシカズヒコ そして、弥生子はふとあることを思い出した。 それはつい二、三日前、弥生子の耳に入った野枝が大杉と親密な関係だという噂だった。 そんなことはありえないと考えていた弥生子は、冗談のつもりで言った。 「あなたはM(※大杉)さん...
詳伝・伊藤野枝

「詳伝・伊藤野枝」第186回 謡い会

文●ツルシカズヒコ 野上弥生子「彼女」によれば、野枝が突然、弥生子に会いに来たのは一九一六(大正五)年の四月下旬のある日だった。 『女性改造』一九二三年十一月号に掲載された、野上弥生子の口述筆記「野枝さんのこと」では、野枝が訪れたこの日を弥...
詳伝・伊藤野枝

「詳伝・伊藤野枝」第185回 別居について

文●ツルシカズヒコ 一九一六(大正五)年二月から四月にかけての野枝の心境はどうだったのか。 野枝が辻の家を出て別居を決行するのは四月末であるが、野枝はそこに到るまでの自分の心中を「申訳丈けに」に書いている。 五年間の結婚生活は自分に無理を強...
詳伝・伊藤野枝

「詳伝・伊藤野枝」第184回 拳々服膺(けんけんふくよう)

文●ツルシカズヒコ 野枝は『中央公論』三月号と四月号に「妾の会つた男」五人の人物評を書いたわけだが、『中央公論』五月号は「伊藤野枝の批評に対して」と題された欄を設け、中村狐月と西村陽吉の反論を掲載した。 おそらく、狐月と西村が『中央公論』編...
詳伝・伊藤野枝

「詳伝・伊藤野枝」第183回 新富座

文●ツルシカズヒコ 野枝は『中央公論』一九一六年四月号に「妾の会つた男の人人」寄稿し、森田草平、西村陽吉、岩野泡鳴について言及している。 同誌前号に野枝が寄稿した「妾の会つた男の人々」(野依秀一、中村孤月印象録)の続編なのだろう。 一九一三...
詳伝・伊藤野枝

「詳伝・伊藤野枝」第182回 福岡の女

文●ツルシカズヒコ 『中央公論』一九一六年三月号(第三十一年三号)に、野枝は「妾の会つた男の人々(野依秀一、中村狐月印象録)」を書いた。 野依は当時「秀一」であり、後に「秀市」と改名した。 野枝の上野女学校時代の恩師、西原和治が創刊した『地...