「詳伝・伊藤野枝」第149回 羞恥と貞操

文●ツルシカズヒコ

 ようやく本題に戻った大杉は、野枝の書いた「貞操についての雑感」を批評し、まず野枝の思考がまだ浅いことを指摘した。

 野枝さん。

 ……あなたは、女の一大感情たる「ほとんど本能的に犯すべからざる」、この貞操や童貞や羞恥の根本的性質について、自己のまったく無知であることを自白しています。

 野枝さん。

 あなたが今までに打破って来た、多くのあなたの感情をふり返って見てごらんなさい。

 それらのものは、すべてかつてあなたが、「本能的に犯すべからざるものだというふうに、考えさせられて」いたのではないか。

 そして今なお、多くの人々が、そう考えささ(ママ)れているのではないか。

 あなたは、それらの感情と同様に、今日のあなたの貞操なり童貞なり羞恥なりの感情が、等しくまた、やがて打破られることを予想しないのか。

 野枝さん。

 あなたは現に、「処女とか貞操とかいうことをまったく無視することも考え得られる……」人である。

 また「私がもしあの場合処女を犠牲にしてパンを得ると仮定したならば、私はむしろ未練なく自分からヴァジニティを追い出してしまう」人である。

 また「私が従来の貞操という言葉の内容について考え得たことは、愛を中心にした男女関係の間には、貞操というようなものは不必要だと言う」人である。

 けれどもあなたは、「何故に処女というものがそんなに貴いのだと問わるれば、その理由を答えることができない。それはほとんど本能的に犯すべからざるものだというふうに考えさされるからと答える他はない」と言うと同時に、「だから私は私のこの理屈なしの事実をすべての人に無理にあてはめるわけにはゆかない。勿論つければいろいろの理屈もつくが、無理にそういう表面的な理屈をつけたところで、根本的な道理が解らなければ、やはり駄目である」と言っている。

 どうしてもあなたは、このことについての、根本的の無知な人である。

 野枝さん。

 あなたは、かつて僕があなたにさし上げた僕の論文集『生の闘争』の中の、「羞恥と貞操」と題する一文をお読み下すったことと思います。

(「処女と貞操と羞恥とーー野枝さんに与えて傍らバ華山を罵る」/『新公論』1915年4月号/「羞恥と貞操と童貞」と改題『社会的個人主義』/日本図書センター『大杉栄全集 第3巻』_p214~216)

 「羞恥と貞操と」は、二年前に大杉が『近代思想』(一九一三年三月号・第一巻第六号)に発表した論文だった。

 僕はあの文の最初にこう書き出しました。

 「猫は屋根の上で、犬は道ばたで、人目は勿論猫目も犬目も憚らずに、しかも大声を立てて恋をする。何故人間のみは、あんなに恋を恥かしがるのだろう」

 「男はそんなでもないのに、何故女は、ああも慎しみ深いのだろう。それに田舎のよりも都会の、いわゆる文明の優れた国の、何故ああも厳しいのだろう」

 「これは一般の人々に取って、きわめて平凡な疑問であるかも知れぬ。しかしそれらの人の疑問は解釈の多くは、初めから羞恥や貞操を婦人本来の……美わしき道徳と決めてしまった上での疑問や解釈に過ぎない」

 「羞恥や貞操がそんなにありがたいものか、あるいは下らないものかについては、僕は今議論をしない。ただ僕は、比較人種学上の事実を列挙して、これらの性情が必ずしも婦人本来のものでないことと、およびその起因とを、多少そこに暗示し得れば足りる」

 この書き出しは、僕の貞操についての議論およびその方法をすでに大部分暗示している。

 最初原始人は……餓や恋の間に、何等の道徳的区別を設けなかった。

 動物界にもまったく羞恥の感はない。

 そして人類の間に初めてこの羞恥の感情や……性的道徳の種が蒔かれたのは、原始の自由共産制が廃れて、財産の私有制度が萌したから後のことである。

 野枝さん。

 われわれのもっている多くの思想と感情とは、すべてこの厳密な比較人種学によって容易に解釈せらるべき、進化論的心理学の範囲に属するものであります。

 この研究と、および現在における自己の生活そのものの忠実な観察とに耽らないものは、とうていこれらの事物の真相を握ることはできませぬ。

(「処女と貞操と羞恥とーー野枝さんに与えて傍らバ華山を罵る」/『新公論』1915年4月号/「羞恥と貞操と童貞」と改題『社会的個人主義』/日本図書センター『大杉栄全集 第3巻』_p216~218)

 半世紀後に思想界を席巻することになる、文化人類学的思考をすでに視野に入れていた大杉は、さらにらいてうの思考にも言及した。

 氏はすべての議論を自分の頭の中でこね上げる習慣から、とかくに純理論に陥る悪いくせがあります。

 らいちょう氏は言う。

 「すべての女子は……処女を、それを捨てるにもっとも適当な時に達するまで、大切に保たねばならぬ。さらに言えば、不適当な時において処女を捨てるのは罪悪であるごとく、適当な時にありながら、なお捨てないのもまた等しく罪悪である。」

 しからば「処女を捨てるにもっとも適当な時」はいつかと言えば、「各自の内的な生活の経験から見る時は、それは恋愛の経験において、恋人に対する霊的憧憬(愛情)の中から官能的要求を発し、自己の人格内に両者の一致結合を真に感じた場合ではあるまいか。」

 「こう考えてくると処女の価値はまことに大きい。婦人の中心生命である恋愛を成就させるかさせないか。婦人の生活の中枢である性的生活の健全自然な発達を遂げしめるかしめないか、ひいては婦人の全生活を幸福にするかしないかの、重要な第一条件がここにあるのである。」

 そして最後に氏は「この点を外にして、どこにも処女それ自身の真価値、処女を重んずる根本的理由を見出し得ない」と言う。

 野枝さん。

 あなたはらいちょう氏のこの根本的解釈をどう考えますか。

 いかにも筋の通った、きわめて明晰な、理論ではありますが。

 けれどもあなたはこれが単なる純理論であると考えられませんか。

 あなた自身およびあなたの親しい友人の生活に顧みて、こんな天使のような処女の捨てかたのみ想像し得られますか。

 また反対に、天使のような捨てかたであっても、それが甲でもよし乙でもよしあるいは丙でもよかったとというような場合を想像し得られませんか。

 甲でもよし乙でもよしという外に……甲と乙と同時でもいいという場合を想像し得られませんか。

 また単なる娯楽のためのそれすらをも想像し得られませんか。

 つぎにあなた自身のおよびあなたの親しい友人の生活に顧みて、恋愛が女の中心生命であるという、このドグマを受け容れることができますか。

 野枝さん。

 もうとうに夜が明けて、いま朝飯のしらせが来ました。

 これで筆をおきます。

(「処女と貞操と羞恥とーー野枝さんに与えて傍らバ華山を罵る」/『新公論』1915年4月号/「羞恥と貞操と童貞」と改題『社会的個人主義』/日本図書センター『大杉栄全集 第3巻』_p218~220)

 一九一五(大正四)年、三月二十六日。
 
 神田西小川町の印刷所・大精社で野枝が来るのを待った大杉だったが、三時になっても四時になっても彼女は来なかった。

 もう少し待ってみようかと大杉は思ったが、夜更けて葉山に着くと寒さで風邪を引くのが恐かった。

 そして、恋人でもを待っているようなじりじりした感覚が、大杉の野枝に対する情熱を刺戟して、彼女に会うことまでが恐ろしくなった。

 大杉は野枝が来たら渡してくれと言って、ちょっとした置き手紙をして印刷所を出た。

 しかし、電車の停留所まで来た大杉はもしやと思いながら、彼女の家の方から来る電車を三、四台、無駄に待ってみた。

 葉山の日蔭茶屋に着いたときには、はたして大杉は風邪を引いていた。

 ※日蔭茶屋2 

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