「詳伝・伊藤野枝」第263回 戯談

文●ツルシカズヒコ

 一九一八(大正七)年四月七日、赤坂の福田狂二の家で「ロシア革命記念会」が催された。

 広義の社会主義者の内輪の集まりだった。

 堺利彦、大杉栄、荒畑寒村、高畠素之といった各派の顔合わせであり、馬場孤蝶、当時まだ早稲田の学生だった尾崎士郎なども出席していた。

 和田久太郎『獄窓から』(「村木源次郎君の追憶」)と近藤憲二『一無政府主義者の回想』(「村木源次郎のこと」p78~79)が、この会合について言及している。

 ロシアに第一次革命が起きるやケレンスキーを謳歌し、第二次革命が起きるやたちまちレーニンを讃美していた高畠は、アナキズムでもサンジカリズムでもない革命が成就されたことで大いに気をよくし、意気軒昂だった。

 ロシア革命について議論になった。

 大杉がロシアの過激派の戦術はアナキストからの借りものだと言って、いろいろな例を挙げた。
 
 すると、高畠が野次った。

 「しかし、労働者の独裁は違うだろう?」

 「いや、初期のアナキストのうちには、それすら唱えた者もある」

 こう答えた大杉に高畠が嘲笑しながら言った。

 「こりゃ、聞きものだ。そこを詳しく一丁やっちょくれ!」

 高畠はこの日、売文社の花見帰りで少々酒も回っていた。

 近藤憲二『一無政府主義者の回想』は、花見の場所を「三里塚」(千葉県成田市)としているが、『橋浦時雄日記 第一巻』によれば「国府台」(千葉県市川市)の「松風亭」。

 ジーッと高畠を睨みつけていた村木が、蒼ざめた顔をして演壇に立ち、幸徳事件を論じ始めたが、感極まって泣いてしまい話ができなくなった。

 みんながシーンとしてしまった中、
 「ワッハハハハ」

 高畠が大きな声で笑いながら、野次った。

 「幸徳事件はわれわれの運動を頓挫させただけだ!」

 村木はキッと高畠を睨みつけて、演壇を降りてしまった。

 その翌日のことだった。

 和田はこの話を村木本人から直接聞いたという。

 村木君がふところ手をして、ぶらつと日比谷の売文社へやつて来た。

 他の社員は皆な二階だが、高畠君は三階に陣取つてゐた。

 彼は、高畠君の一人なのを見すまして、

  『ヤア、昨日は失礼しました。』

 とニコ/\しながら挨拶した。

 高畠君は、変な笑ひを浮べて挨拶を返した。

 と、その瞬間、村木の形相がさつと変つた。

 高畠君の胸元へピカ/\したピストルがきつと突きつけられた。

 高畠君は、

 『アツ』と叫んで、椅子からころげ落ちた。

 そして恐怖に慄えてゐた。

 それを見澄ました村木君は、

 『何あに、戯談(ぎだん)ですよ、失礼しました。』

 と丁寧に、澄まして挨拶して、またふいと帰つてしまつた。

 その翌日、彼は、警視庁から呼出されて、ピストルを取り上げられた。

 そして村木君は幾何かのピストル代を請求して貰つて来たといふ話し(ママ)だつた。

(「村木源次郎君の追憶」/和田久太郎『獄窓から』/1927年3月)

 大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば、この村木が所持していたピストルは米国製三十二型六連発で、警察に知られて五月三日に提出した。

 五月、『労働新聞』第一号が創刊された。

 発行人・久板卯之助、編集兼印刷人・和田久太郎で、大杉と野枝が支援する体制である。

 『日録・大杉栄伝』によれば、B4版八面、題字の下に「労働者の解放は労働者自らの仕事でなければならない」という宣言を掲げ、かつての『平民新聞』と同じ体裁をとった。

 大戦の進行すると共に、戦後の労働運動の勃興は、何人にも予想された。

 そして日本の社会主義者等は、嘗つて日清戦争後に片山等が辿つた道に帰つて、労働者の間の伝導と組織とに専心するの必要を痛感した。

 そして此の目的の為めに、大杉は月刊『労働新聞』を、荒畑と山川均とは『労働組合』を、殆んど同時に発刊した。

(「日本における最近の労働運動と社会主義運動」/一九二〇年末の草稿/大杉栄全集刊行会『大杉栄全集 第二巻』には「日本の労働運動と社会主義運動」と改題されて所収/『大杉栄全集 第6巻』)

 大杉は荒畑と山川が発刊したのは『労働組合』と誤記しているが、正しくは『青服』である(『日録・大杉栄伝』)。

 『日録・大杉栄伝』によれば、五月三十一日、『労働新聞』第二号(日付けは六月一日)を発行するが、印刷所で全部を差し押さえられ禁止処分となる。

 六月十二日には『労働新聞』第二号を一部改訂して三号を発行するが、これも発禁となった。

和田久太郎著『獄窓から』(黒色戦線社・1971年9月1日)

★近藤憲二『一無政府主義者の回想』(平凡社・1965年6月30日)

★『橋浦時雄日記 第一巻 冬の時代から 一九〇八〜一九一八』(発売・風媒社 /発行・雁思社・1983年7月)

★大杉豊『日録・大杉栄伝』(社会評論社・2009年9月16日)

★『大杉栄全集 第二巻』(大杉栄全集刊行会・1926年5月18日)

★『大杉栄全集 第6巻』(日本図書センター・1995年1月25日)

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