詳伝・伊藤野枝

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「詳伝・伊藤野枝」第235回 特別要視察人

文●ツルシカズヒコ 大杉の四妹・秋は名古屋市在住の叔父、中根吉兵衛(焼津鰹節製造株式会社社長)宅に同居していたが、この叔父の媒酌で東京で回漕業を営む某氏と婚約、挙式を間近に控えていた。 彼女が自殺したのは一九一六(大正五)年十二月十三日の朝...
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「詳伝・伊藤野枝」第234回 古河

文●ツルシカズヒコ 堤防の中の旧谷中村の土地は、彼のいうところによると二千町歩以上はあるとのことであった。 彼はなお、そこに立ったままで、ポツリポツリ自分たちの生活について話し続けた。 しかし彼の話には自分たちがこうした境遇に置かれたことに...
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「詳伝・伊藤野枝」第233回 菜圃(さいほ)

文●ツルシカズヒコ ようやくに、目指す島田宗三の家を囲む木立がすぐ右手に近づいた。 木立の中の藁屋根がはっきり見え出したときには、沼の中の景色もやや違ってきていた。 木立はまだ他に二つ三つと飛び飛びにあった。 蘆間のそこここに真っ黒な土が珍...
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「詳伝・伊藤野枝」第232回 田中正造

文●ツルシカズヒコ 大杉は乾いた道にステッキを強くつきあてては高い音をさせながら、十四、五年も前にこの土地の問題について世間で騒いだ時分の話や、知人の誰かれがこの村のために働いた話をしながら歩いて行った。 「今じゃみんな忘れたような顔をして...
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「詳伝・伊藤野枝」第231回 廃村谷中

文●ツルシカズヒコ しばらくすると、大杉と野枝の方向に歩いて来る人がいた。 待ちかまえていたように、野枝たちはその人に聞いた。 「さあ、谷中村といっても、残っている家はいくらもありませんし、それも、みな飛び飛びに離れていますからな、何という...
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「詳伝・伊藤野枝」第230回 葦原

文●ツルシカズヒコ 一九一六(大正五)年十二月九日、夏目漱石が四十九歳十ケ月の生涯を閉じた。 翌十二月十日、野枝と大杉は栃木県下都賀郡藤岡町(現・栃木市)の旧谷中村を訪れた。 野枝はこの旧谷中村訪問を「転機」(『文明批評』一九一八年一月号・...
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「詳伝・伊藤野枝」第229回 センチメンタリズム

文●ツルシカズヒコ 大杉が逗子の千葉病院を退院したのは、一九一六(大正五)年十一月二十一日だった。 大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば、看病をした野枝と、近くに宿泊して見舞いに通った村木が付き添い、夕刻の電車で本郷区菊坂町の菊富士ホテルに帰っ...
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「詳伝・伊藤野枝」第228回 塩瀬の最中

文●ツルシカズヒコ 日蔭茶屋事件が起きる直前、大杉と野枝の訪問を受けていたらいてうは驚いた。 神近が『青鞜』から離れて以降、らいてうは彼女と疎遠になっていたが、彼女が大杉が主宰するフランス語教室やフランス文学研究会に参加しているらしいという...
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「詳伝・伊藤野枝」第227回 宮嶋資夫の憤激

文●ツルシカズヒコ 十一月十日の『東京朝日新聞』は、五面の半分くらいのスペースを使って、この事件を報道している。 見出しは「大杉栄情婦に刺さる 被害者は知名の社会主義者 兇行者は婦人記者神近市子 相州葉山日蔭の茶屋の惨劇」である。 内田魯庵...
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「詳伝・伊藤野枝」第226回 オースギキラレタ

文●ツルシカズヒコ 一九一六(大正五)年十一月九日未明、神近に左頸部を短刀で刺された大杉は、神奈川県三浦郡田越村(たごえむら)逗子の千葉病院に入院した。 大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば、大杉の傷は「右下顎骨下一寸の個所に長さ一・八センチ、...
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「詳伝・伊藤野枝」第225回 新婚気分

文●ツルシカズヒコ 『神近市子自伝 わが愛わが闘争』には「私が葉山の宿に着いたのは、夜になっていた。大正五年十一月八日のことである」と記されているが、「十一月八日」は十一月七日の誤記である。 日蔭茶屋に着いた神近が、出て来た女中さんに「大杉...
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「詳伝・伊藤野枝」第224回 第一福四万館

文●ツルシカズヒコ 『神近市子自伝 わが愛わが闘争』に、こういう下りがある。 ある日、大杉氏が私にいった。 「伊藤野枝君が下宿にはいりこんできて困っている」 「どうしたんです? あの人乳飲み児の子どもさんがあるんでしょう?」 「子どもを千葉...