詳伝・伊藤野枝

詳伝・伊藤野枝

「詳伝・伊藤野枝」 第253回 日本堤

文●ツルシカズヒコ 一九一八(大正七)年三月一日、下谷区上野桜木町の 有吉三吉宅で開かれた労働運動研究会例会に参加した、大杉、和田、久板、大須賀健治の四人は、池之端のレストランで食事をしながら直接行動と政治運動との是非を議論した。 大須賀は...
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「詳伝・伊藤野枝」第252回 僕の見た野枝さん

文●ツルシカズヒコ 野枝が『文明批評』一九一八年二月号に書いた「階級的反感」は、同志たちの間で反感を買ったようである。 『橋浦時雄日記 第一巻』によれば、二月十四日、橋浦が大久保百人町の荒畑寒村の家を訪れた際も、その話題になり橋浦と荒畑は笑...
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「詳伝・伊藤野枝」251回 半耄碌(もうろく)のお婆さん

文●ツルシカズヒコ 大杉は『文明批評』一九一八年二月号に「僕は精神が好きだ」を書いた。 僕は精神が好きだ。 しかしその精神が理論化されると大がいは厭やになる。 理論化という行程の間に、多くは社会的現実との調和、事大的妥協があるからだ。 精神...
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「詳伝・伊藤野枝」第250回 東洋モスリン

文●ツルシカズヒコ 大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば、和田久太郎と久板卯之助が、南葛飾郡亀戸町の大杉家に同居することになったのは一九一八(大正七)年一月の末だった。 一九二二(大正十一)年一月、久板は天城山猫越(ねっこ)峠で凍死するのだが、...
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「詳伝・伊藤野枝」第249回 襁褓(むつき)

文●ツルシカズヒコ 暮れも押し詰まった一九一七(大正六)年十二月二十八日、大杉一家は巣鴨村宮仲二五八三から、南葛飾郡亀戸町二四〇〇に引っ越した。 大杉栄「小紳士的感情」(『文明批評』一九一八年二月号・第一巻第二号/大杉栄全集刊行会『大杉栄全...
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「詳伝・伊藤野枝」第248回 中條百合子

文●ツルシカズヒコ 『文明批評』創刊号が発行されたのは、一九一七(大正六)年十二月二十七日(奥付けの発行日は大正七年一月一日)だった。 編輯兼発行人が大杉栄、印刷人が伊藤野枝である。 印刷所は京橋区桶町一番地の愛正社印刷所。 大杉と野枝はこ...
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「詳伝・伊藤野枝」第247回 築地の親爺

文●ツルシカズヒコ 一九一七(大正六)年の秋も深まったころ。 米が買えず大杉と村木は五銭の芋をフカシして腹を満たし、野枝と魔子が横たわる布団の裾に潜り込んで暖を取り、しかも眼の前には収入のなんの希望もないそのころ。 大杉は平気で雑誌発行の計...
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「詳伝・伊藤野枝」第246回 第二革命

文●ツルシカズヒコ 一九一七(大正六)年十月三日、保釈中だった神近は東京監獄八王子分監に下獄した。 二畳ほどの独房に入れられた神近は、午前八時から午後五時まで、屑糸をつなぐ作業に従事させられた。 昼食後の三十分の休憩、夕食後から夜八時の就寝...
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「詳伝・伊藤野枝」第245回 魔子

文●ツルシカズヒコ 一九一七(大正六)年九月二十五日、野枝は大杉との間の第一子、長女・魔子を出産した。 大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば、魔子をとりあげた助産婦・北村悦は東京の産婆会の会長で小石川で助産婦をしていた。 そして、北村悦の夫、北...
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「詳伝・伊藤野枝」第244回 世話女房

文●ツルシカズヒコ 七月初めに北豊島郡巣鴨村宮仲に引っ越して来た大杉と野枝だが、九月末に野枝が大杉との第一子、長女・魔子を出産する直前のころの野枝について、大杉が『女の世界』に書いている。 懇意の編集者である安成二郎に依頼されたようで、大杉...
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「詳伝・伊藤野枝」 第243回 第二の結婚

文●ツルシカズヒコ 辻と野枝の協議離婚が成立したのは一九一七(大正六)年九月十八日だった。 戸籍上、野枝は伊藤家に復籍することになったが、野枝は『婦人公論』九月号に、辻との離婚の経緯を書いた。 その冒頭にはこう記されている。 破滅と云ふ事は...
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「詳伝・伊藤野枝」242回 夫婦喧嘩

文●ツルシカズヒコ 『女の世界』一九一七年七月号のアンケートに、大杉と野枝は回答を寄せている。 『女の世界』同号は「男女闘争号」と銘打ち、目次に「夫婦喧嘩の功過と責任の所在 名流六十家」とある。 質問一は「夫婦喧嘩の功過」、質問二は「夫婦喧...