詳伝・伊藤野枝

詳伝・伊藤野枝

「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」126回 身の上相談

文●ツルシカズヒコ 野枝が『青鞜』の編集発行人になる件について、『読売新聞』が記事にした。 「原始女性は太陽なり」で婦人の自覚を促した「青鞜」もこの頃幹部の間に意見の扞格(かんかく)を生じたので愈々(いよいよ)平塚らいてう氏は同誌より退隠し...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」125回 引き継ぎ

文●ツルシカズヒコ 一九一四(大正三)年十一月、平塚明『現代と婦人生活』が出版されたが、野枝はその「序」を書いた。 らいてうさま、 ほんとうに私は嬉しうございます。 私はあなたの第二の感想集が出版されるのだと思ひますとまるで自分のものでも出...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」124回 平民新聞

文●ツルシカズヒコ 大杉と荒畑寒村が編集発行する、月刊『平民新聞』創刊号が発行されたのは、十月十五日だった。 しかし、即日発禁になり、この日の正午、印刷所から持ち運ばれるや否や直ちに全部を押収された。 全紙面が安寧秩序に有害だというのが発禁...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」123回 人間問題

文●ツルシカズヒコ 一九一四(大正三)年十月に奥村と千葉県の御宿に行ったらいてうは、当初、上野屋という旅館に宿泊していたが、しばらくして漁師の家の広い部屋を借りた。 野枝が書いた『青鞜』十二月号(第四巻第十一号)「編輯室より」(『定本 伊藤...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」122回 根本問題

文●ツルシカズヒコ 野枝の胸中に今まで抑えに抑えていた辻に対する微細な不満が、頭をそろえて湧き上がってきた。 野枝が言いたいことを言い、したいことをすれば、家の中の人たちの不平や不満は、どれもこれも辻に向かうに決まっていた。 野枝はそういう...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」121回 小石川植物園

文●ツルシカズヒコ 野枝が西原から金策をしてきた日の翌朝。 辻も野枝も義母の美津も、それぞれに不機嫌だった。 野枝は朝の仕事をひととおりしてしまうと、机の前に座って子供の相手をしながら読書を始めた。 野枝にとって読書が最も寛(くつろ)げると...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」120回 毒口

文●ツルシカズヒコ 「お前さんも、あんまり呑気だよ。用達しに行ったとき、遊びにいったときとは違うからね。子供を他人に預けてゆきながら、いつまでもよそにお尻をすえていられたんじゃ、預かった方は大迷惑だよ。もう少し大きくなれば、どうにか誤魔化し...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」119回 自己嫌悪

文●ツルシカズヒコ 「ああ、またどうしても行かなければならないのか……」 上野高女五年時のクラス担任だった西原和治の家を訪れると、いつも西原は野枝が黙っていても察して金を出してくれるが、そういう用事で西原に会わなければならないことが、野枝は...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」118回 義母

文●ツルシカズヒコ 野枝は『新日本』一九一八(大正七)年十月号に「惑い」を寄稿している。 創作のスタイルで書いているので仮名を使用しているが、「谷」は辻、「逸子」は野枝、「母親」は辻美津(ミツ)、乳飲み子である「子供」は一(まこと)である。...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」117回 下田歌子

文●ツルシカズヒコ 結局、『青鞜』の「三周年記念号」は十月号(第四巻第九号)になった。 野枝は『青鞜』同号に「遺書の一部より」と「下田歌子女史へ」を書いている。 『定本 伊藤野枝全集 第二巻』の「解題」によれば、「下田歌子女史へ」は『新日本...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」第116回 世界大戦

文●ツルシカズヒコ 一九一四(大正三)年、九月。 創刊「三周年記念号」になるはずだった『青鞜』九月号は、休刊になった。 『青鞜』の一切の仕事をひとりで背負うことになったらいてうは、疲れていた。 部数も東雲堂書店時代を頂点に下り坂に向かう一方...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」115回 ヂョン公

文●ツルシカズヒコ 辻一家が上駒込から小石川区竹早町に引っ越したのは、一九一四(大正三)年の夏だった。 野上弥生子「小さい兄弟」では、時間軸が一九一五(大正四)年に設定されているが、この辻一家の引っ越しについての描写もある。 「いやだな、野...