詳伝・伊藤野枝

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「詳伝・伊藤野枝」第138回 谷中村(三)

文●ツルシカズヒコ 今まで十年もの間、苦しみながらしがみついて残っていた土地から、今になってどうして離れられよう。 村民の突きつめた気持ちに同情すれば溺れ死のうという決心にも同意しなければならぬ。 といって、手を束(つか)ねてどうして見てい...
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「詳伝・伊藤野枝」第137回 谷中村(二)

文●ツルシカズヒコ 谷中村の土地買収が始まると、躍起となった反対運動も、なんの効も奏しなかった。 激しい反対の中に買収はずんずん遂行された。 しかし、少数の強硬な反対者だけはどうしても肯(がえ)んじなかった。 彼らは祖先からの由緒をたてに、...
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「詳伝・伊藤野枝」第136回 谷中村(一)

文●ツルシカズヒコ 一九一五(大正四)年一月の末、寒い日だった。 渡辺政太郎(まさたろう)、若林八代(やよ)夫妻はいつになく沈んだ、しかしどこか緊張した顔をして、辻家の門を入ってきた。 辻は渡辺政太郎との親交について、こう書いている。 染井...
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「詳伝・伊藤野枝」135回 ジャステイス

文●ツルシカズヒコ しかし、野枝だけは青鞜社の仲間の中でも違った境遇にいた。 一旦は自分から進んで因習的な束縛を破って出たけれど、いつか再び自ら他人の家庭に入って因習の中に生活しなければならぬようになっていた。 野枝は最初の束縛から逃がれた...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」134回 生き甲斐

文●ツルシカズヒコ 一九一五(大正四)年一月末の深夜ーー。 吹雪の中、春日町(かすがちょう)で一(まこと)を背負って電車を待っていた野枝は、二年前のあの夏の日のことを思い浮かべていた。 ヒポリット・ハヴェルが書いた「エマ・ゴールドマン小伝」...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」133回 ウォード

文●ツルシカズヒコ 野枝が『青鞜』の同人のひとりである山田わかを訪ねたとき、山田嘉吉がわか夫人のために、社会学の書物を読む計画があるから勉強する気ならと誘われ、野枝は毎週二回くらいずつ通うことにした。 ウォードの書物を入手するのは困難なので...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」132回 砲兵工廠

文●ツルシカズヒコ 一九一五(大正四)年一月の末のある日の深夜、山田嘉吉、わか夫妻の家から帰宅の途についた野枝は、水道橋で乗り継ぎ電車を待っていた。 漸くに待つてゐた電車が来た。 ふりしきる雪の中を、傘を畳んで悄々(しほしほ)と足駄の雪をお...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」131回 四ツ谷見附

文●ツルシカズヒコ 女性解放問題にも深い関心を持っていた山田嘉吉が、アメリカの著名な社会学者、レスター・フランク・ウォード(Lester Frank Ward)の講義をすることになり、その勉強会に山田わか、らいてう、野枝などが参加していた。...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」第130回 山田わか

文●ツルシカズヒコ 大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば、 一九一四(大正三)年十二月に発行され発禁になった『平民新聞』三号を、野枝が隠匿してくれたことを大杉が聞き知ったのは、そのひと月後くらいだった。 一九一五(大正四)年一月二十日ごろ、大杉...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」129回 編輯室より

文●ツルシカズヒコ さらに、御宿に滞在しているらいてうに手紙を書いたこと、らいてうが上京してふたりで話し合ったこと、自分が『青鞜』を引き継ぐことになった経緯を書いた。 助手の資格しかない田舎者の私がどんなことをやり出すか見てゐて頂きたい。 ...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」128回 思想方向

文●ツルシカズヒコ 『青鞜』一九一五(大正四)年一月号に、野枝は「『青鞜』を引き継ぐに就いて」を書いた。 野枝はまず、創刊からここまでに到る大づかみの『青鞜』の推移について書いた。 新しきものゝ動き初めたときに旧いものから加へらるゝ圧迫は大...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」127回 貞操論争

文●ツルシカズヒコ 一九一四(大正三)年の『青鞜』を語る上で欠かせないのが、西崎(生田)花世と安田皐月の間で起きた「貞操論争」である。 発端は生田長江主幹の文芸評論誌『反響』九月号に、花世が発表した「食べることと貞操と」という告白的な文章だ...