詳伝・伊藤野枝

詳伝・伊藤野枝

「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」78回 フュウザン

文●ツルシカズヒコ 木村荘太「牽引」(『生活』1913年8月号)によれば、六月十二日か十三日ごろの晩、長尾豊が荘太を訪ねてきた。 荘太は友人である長尾に、自分が伊藤野枝に興味を持っていることを話していた。 長尾はいきなり野枝のことを話し出し...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」77回 拝復

文●ツルシカズヒコ 一九一三(大正二)年六月十四日の朝、野枝は気持ちよく辻を送り出し、机の前に座った。 木村荘太への手紙の返事を書こうと思った。 なんと書いていいかちょっと困ったが、とにかく会ってみることにして、思い切って書いた。 拝復、御...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」76回 中央新聞

文●ツルシカズヒコ 野枝が木村荘太からの手紙を、青鞜社事務所で受け取ったのは、六月十三日の朝だった。 野枝がこの日、青鞜社事務所に来たのはこの日が金曜日であり、金曜日は読者と交流を持つ日だったからであろう。 野枝はこの日のことを、らいてう(...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」75回 魔の宴

文●ツルシカズヒコ 一九一三(大正二)年五月十六日。 雨が降る中、若い男が北豊島郡巣鴨町の青鞜社事務所を訪れた。 男の名は木村荘太。 荘太は応対した保持に野枝との面会を請うたが、野枝は不在だった。 野枝はその後二、三回、事務所に行ったが、保...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」74回 堀切菖蒲園

文●ツルシカズヒコ 一九一三(大正二)年六月中旬。 野枝がらいてうの書斎を訪れ、奥村の話に一段落ついた後、野枝が堀切菖蒲園の話をらいてうに振った。 そのちょっと前、らいてうが田村俊子と堀切菖蒲園を訪れていたからである。「この間の堀切行きは面...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」73回 瓦斯ラムプ

文●ツルシカズヒコ 一九一三(大正二)年六月、巣鴨の保持の住居兼青鞜社事務所の庭には様々な花が咲いていた。 らいてうも、清子も、野枝もホワイトキャップに殺されずに生きていた。 関西から帰京した奥村が、曙町のらいてうの自宅を訪れたのは六月七日...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」72回 円窓より

文●ツルシカズヒコ『元始、女性は太陽であった 平塚らいてう自伝(下巻)』(p458~459)によれば、一九一三(大正二)年五月一日、らいてうの処女評論集『圓窓より』(東雲堂)が発行されたが、発売と同時に発禁になった。「世の婦人達に」が収録さ...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」71回 White Cap.

文●ツルシカズヒコ 一九一三(大正二)年四月、青鞜社の事務所は本郷区駒込蓬萊町の万年山(まんねんざん)勝林寺から、東京府北豊島郡巣鴨町大字巣鴨一一六三の借家に移転した。『元始、女性は太陽であった 平塚らいてう自伝(下巻)』(p457)によれ...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」70回 荒川堤

文●ツルシカズヒコ 野枝と岩野清子がらいてう宅を訪ねると、らいてうは折りよく居合わした。 三人は荒川の方へ歩いて行くことにした。 本郷区駒込曙町のらいてうの家を出て、駒込富士前町の裏手から田端にかけての道は、野枝がよく知っていた。 お天気が...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」69回 国府津

文●ツルシカズヒコ『元始、女性は太陽であった 平塚らいてう自伝(下巻)』(p449~450)によれば、 一九一三(大正二)年三月、前年暮れの岡本かの子の処女歌集『かろきねたみ』を青鞜叢書第一編として出版したのに引き続き、『青鞜小説集』が第二...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」68回 枇杷の實

文●ツルシカズヒコ 一九一三(大正二)年四月初旬、辻潤と野枝は芝区芝片門前町の間借り住まいをやめ、染井の家での生活に戻った(『定本 伊藤野枝全集 第一巻』_p190)。 上山草人(かみやま・そうじん)の家を訪れた興奮の夜の後も、野枝は紅吉に...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」67回 ファウスト

文●ツルシカズヒコ 奥村博史『めぐりあい 運命序曲』(p78~)によれば、奥村と声楽家の原田潤が出会ったのは一九一二(大正元)年十一月、文芸協会公演のバーナード・ショーの喜劇『二十世紀』を有楽座で観劇しているときだった。 幕間にふとしたこと...