詳伝・伊藤野枝

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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」60回 相対会

文●ツルシカズヒコ この発禁になった『青鞜』一九一三年二月号で野枝が月刊『相対』創刊号を紹介している。 今度かう云ふ雑誌を紹介致します。 小さい雑誌ですが極めて真面目なものでかう云ふ種類の雑誌は他にはないさうです。 本誌は小倉清三郎氏が単独...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」59回 新らしき女の道

文●ツルシカズヒコ 『青鞜』一九一三年一月号の附録(特集)は「新らしい女、其他婦人問題に就いて」だった。 『元始、女性は太陽であった 平塚らいてう自伝(下巻)』(p422~423)によれば、この特集を組んだ目的はまず対外的なもので、ジャーナ...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」58回 夏子

文●ツルシカズヒコ このときの野枝の印象を、神近は4年後にこう書いている。 ……学校の休暇(やすみ)の時、根岸のKのところで逢つたのは正月であつた。 女中のやうな至つて質素な着付けが、お体裁屋の、中流の東京の家庭の人々とばかり接触してゐて、...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」57回 東洋のロダン

文●ツルシカズヒコ 一九一二(大正元)年十二月二十七日、忘年会の翌々日、らいてうから野枝に葉書が届いた。 昨夜はあんなに遅く一人で帰すのを大変可愛想に思ひました。 別に風もひかずに無事にお宅につきましたか。 お宅の方には幾らでも、何だつたら...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」56回 軍神

文●ツルシカズヒコ 紅吉は頑固に黙ってしまった。 荒木の軽いお調子にもなかなか乗ってはこなかった。 しまいにはぐったりして、野枝の膝を枕にして寝てしまった。 哥津はとうとう帰り支度を始めた。 岩野も先が遠いからと仕度を始めた。 野枝の膝には...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」55回 メイゾン鴻之巣

文●ツルシカズヒコ 一九一二(大正元)年十二月二十五日、クリスマスのこの日は『青鞜』新年号の校正の最後の日だった。 帰りにどこかで忘年会をしようと、らいてうが言い出した。  文祥堂の校正室にはらいてう、紅吉、哥津、野枝、岩野清子、西村陽吉が...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」54回 西村陽吉

文●ツルシカズヒコ 一九一二(大正元)年十二月、『青鞜』新年号の編集作業が佳境になったころ、野枝は一日おきくらいに、らいてうの円窓の部屋に通っていた。 しばらく、野枝は紅吉とは遭遇しなかった。 行くたびに哥津ちゃんと会った。 野枝は少しずつ...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」53回 玉名館

文●ツルシカズヒコ「失敬失敬、上がりたまえ」 取り次ぎに出た年増の女中の後から、紅吉は指の間に巻煙草をはさんで、セルの袴姿でニコニコしながら出て来て、紅吉一流の弾け出るような声で野枝を引っ張り上げた。 野枝が案内された部屋には綺麗な格好のい...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」52回 阿部次郎

文●ツルシカズヒコ 一九一二(大正元)年十一月の末。 その日は夕方から、青鞜社の事務所がある本郷区駒込蓬萊町万年山(まんねんざん)勝林寺で、阿部次郎がダンテの『神曲』の講義をする研究会のある日だった。 毎月一日発行の『青鞜』の校了は前月の二...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」51回 伊香保

文●ツルシカズヒコ 『元始、女性は太陽であった 平塚らいてう自伝(下巻)』(p397)によれば、一九一二(大正元)年十月十七日、『青鞜』一周年記念会が鴬谷の「伊香保」で開かれた。 「伊香保」は当時、文人墨客がよく利用する会席料理屋として知ら...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」50回 若い燕(二)

文●ツルシカズヒコ 紅吉は奥村から届いた「絶交状」への返信を書いた。 私はけさ、広岡の家であなたの最後の手紙をみた。 それから今家に帰ってあなたからの同じ手紙を見た。 私はああした感情に走り切るあさはかな女でした。 私は是非あなたに逢いたい...
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「あきらめない生き方 詳伝・伊藤野枝」49回 若い燕(一)

文●ツルシカズヒコ らいてうが奥村から受け取った手紙の文面は、こんなふうだった。 それは夕日の光たゆたっている国のことでした。 その国の、とある海辺の沼に二羽の可愛い鴛鴦(おしどり)が住んで居りました。 それはそれは大そう睦まじく……いつも...