詳伝・伊藤野枝

詳伝・伊藤野枝

「詳伝・伊藤野枝」第187回 桜川

文●ツルシカズヒコ そして、弥生子はふとあることを思い出した。 それはつい二、三日前、弥生子の耳に入った野枝が大杉と親密な関係だという噂だった。 そんなことはありえないと考えていた弥生子は、冗談のつもりで言った。 「あなたはM(※大杉)さん...
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「詳伝・伊藤野枝」第186回 謡い会

文●ツルシカズヒコ 野上弥生子「彼女」によれば、野枝が突然、弥生子に会いに来たのは一九一六(大正五)年の四月下旬のある日だった。 『女性改造』一九二三年十一月号に掲載された、野上弥生子の口述筆記「野枝さんのこと」では、野枝が訪れたこの日を弥...
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「詳伝・伊藤野枝」第185回 別居について

文●ツルシカズヒコ 一九一六(大正五)年二月から四月にかけての野枝の心境はどうだったのか。 野枝が辻の家を出て別居を決行するのは四月末であるが、野枝はそこに到るまでの自分の心中を「申訳丈けに」に書いている。 五年間の結婚生活は自分に無理を強...
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「詳伝・伊藤野枝」第184回 拳々服膺(けんけんふくよう)

文●ツルシカズヒコ 野枝は『中央公論』三月号と四月号に「妾の会つた男」五人の人物評を書いたわけだが、『中央公論』五月号は「伊藤野枝の批評に対して」と題された欄を設け、中村狐月と西村陽吉の反論を掲載した。 おそらく、狐月と西村が『中央公論』編...
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「詳伝・伊藤野枝」第183回 新富座

文●ツルシカズヒコ 野枝は『中央公論』一九一六年四月号に「妾の会つた男の人人」寄稿し、森田草平、西村陽吉、岩野泡鳴について言及している。 同誌前号に野枝が寄稿した「妾の会つた男の人々」(野依秀一、中村孤月印象録)の続編なのだろう。 一九一三...
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「詳伝・伊藤野枝」第182回 福岡の女

文●ツルシカズヒコ 『中央公論』一九一六年三月号(第三十一年三号)に、野枝は「妾の会つた男の人々(野依秀一、中村狐月印象録)」を書いた。 野依は当時「秀一」であり、後に「秀市」と改名した。 野枝の上野女学校時代の恩師、西原和治が創刊した『地...
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「詳伝・伊藤野枝」 第181回 厚顔無恥

文●ツルシカズヒコ 大杉豊『日録・大杉栄伝』によれば、大杉、神近、野枝の三人が会ったのは二月中旬ころだった。 大杉の書いた「お化を見た話」によれば、大杉は神近から絶縁状を受け取った。 「もし本当に私を思っていてくれるのなら、今後もうお互いに...
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「詳伝・伊藤野枝」第180回 チリンチリン

文●ツルシカズヒコ 大杉が神近の下宿を訪れたこの日、神近は不意に原稿料が手に入ったので、夕方、東京日日新聞社を出ると銀座に出かけた。 神近は木村屋に行って、 パン類を一円余り買い礼子に送った。 礼子は神近と高木信威(たかぎ・のぶたけ)との間...
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「詳伝・伊藤野枝」第179回 日比谷公園

文●ツルシカズヒコ 一九一六(大正五)年二月上旬、大杉と野枝はふたりだけのデートをし、夜の日比谷公園でキスをした。 二月のいつであつたか(僕は忘れもしない何月何日と云ふやうな事は滅多にない)三年越しの交際の間に始めて自由な二人きりになつて、...
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「詳伝・伊藤野枝」第178回 欧州戦争

文●ツルシカズヒコ 『青鞜』一九一六年二月号に野枝は「白山下より」を書いた。 地方在住の『青鞜』の読者が家出をして青鞜社社員の家に転がり込むケースがあったと、平塚らいてうも『元始、女性は太陽であった 平塚らいてう自伝(下巻)』(p572)に...
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「詳伝・伊藤野枝」第177回 ねんねこおんぶ

文●ツルシカズヒコ 大杉と堀保子は前年一九一五(大正四)年十二月、小石川から逗子の桜山の貸別荘に引っ越していた。 『近代思想』(第二次)一月号(第三巻第四号)が発禁になったので、大杉は一九一六(大正五)年一月二日にその対策のために逗子から上...
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「詳伝・伊藤野枝」第176回 公娼廃止

文●ツルシカズヒコ 一九一六(大正五)年一月三日、『大阪毎日新聞』で野枝の「雑音–––『青鞜』の周囲の人々『新しい女』の内部生活」の連載が始まったが(〜四月十七日)、肝心の『青鞜』一九一六(大正五)年一月号の表紙は文字だけになった。 野枝は...