詳伝・伊藤野枝

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「詳伝・伊藤野枝」第205回 スリバン

文●ツルシカズヒコ 女の世界もとうたうやられましたか。 すると、もう私達は何も云ふ事が出来なくなつた訳でせうか。 しかし、他の人に云へる事が何故私達が云つてはいけないのでせうね。 着物の心配までして下さつてありがとう。 もうお天気の今日には...
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「詳伝・伊藤野枝」第204回 ミネルヴア

文●ツルシカズヒコ 野枝のところに「お八重さん」こと野上弥生子から、長い長い手紙が届いた。 野枝は弥生子の手紙の文面を引用しながら、大杉に手紙を書き、弥生子への反論をしている。  ……私の今度の事に就いて可なりはつきりと意見を述べてくれまし...
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「詳伝・伊藤野枝」第203回 二人とも馬鹿

文●ツルシカズヒコ 一九一六(大正五)年五月末、『女の世界』六月号を読んだ野枝は、大杉にこう書いている。 あなたは本当にひどいんですね。 あんな余計な処まで抜き書きをしなくつたつていいぢやありませんか。 本当にひどい。 でも、あなたが怒る/...
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「詳伝・伊藤野枝」第202回 いやな写真

文●ツルシカズヒコ 堀切利高編著『野枝さんをさがして』によれば、野枝は五月二十九日(推定)付けの手紙を安成二郎に宛てて書いている。 多恵春光著『新しき婦人の手紙』(日本評論社出版部・一九一九年九月)の第九章「文例 知名婦人の手紙」に「執筆の...
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「詳伝・伊藤野枝」第201回 ララビアータ

文●ツルシカズヒコ 大杉が御宿から帰京したのは、一九一六(大正五)年五月二十七日だった。 今日は私はあなたがおたちになる前に、二三日前からの私の我儘(わがまま)をお詫びして許して頂かうと思ひましたの。 それで、幾度もあなたの処へ行くのですけ...
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「詳伝・伊藤野枝」第200回 福岡日日新聞

文●ツルシカズヒコ 一九一六(大正五)年五月二十日、野枝は『福岡日日新聞』に掲載された「この頃の妾」を脱稿した。 叔父・代準介に宛てた手紙形式の原稿である。 『定本 伊藤野枝全集 第二巻』「この頃の妾」解題によれば、『福岡日日新聞』のはしが...
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「詳伝・伊藤野枝」第199回 私達の関係

文●ツルシカズヒコ 一九一六(大正五)年五月九日。 麹町区三番町の下宿、第一福四万館で夕飯をすませた大杉に、堀保子からすぐ来てくれという電話がかかってきた。 大杉が四谷区南伊賀町の保子の家に行くと、何か用事があるわけではなかった。 保子は涙...
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「詳伝・伊藤野枝」第198回 金盞花 (きんせんか)

文●ツルシカズヒコ 五月八日、野枝は午前中に十枚ほど原稿を書いた。 午後は流二のお守りをして過ごした。 前日の嵐がひどかったので、別荘の掃除が大変だと言って、婆やが午後から暇をもらったからである。 この日の御宿の夕方は風がなく、野枝が御宿に...
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「詳伝・伊藤野枝」第197回 カンシヤク玉

文●ツルシカズヒコ 五月八日の夕方、読売新聞社を訪れた大杉だったが、荒川義英も同社に来ていたので、大杉、土岐、安成、荒川の四人は一緒に社を出た。 すると一行は道で荒畑寒村に遭遇した。 ともかくみんなでカフェ・ヴィアナに入った。 いろんな話の...
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「詳伝・伊藤野枝」第196回 豆えん筆

文●ツルシカズヒコ 大杉栄、堀保子、神近市子、伊藤野枝–––当事者たちに会って、今回の騒動の真相を知りたいと考えたジャーナリストがいた。 『女の世界』編集長の安成二郎である。 安成の視点は新聞記事から一歩踏み込んだ、雑誌ジャーナリズムの視点...
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「詳伝・伊藤野枝」第195回 青鉛筆

文●ツルシカズヒコ 大杉からの五月六日の手紙に、野枝はこう返信した。 停車場を出ると、前の支店でしばらく休んで、それから宿に帰へりました。 帰つてからも室(へや)にゆくのが何んだかいやなので、帳場で話をして、それから室にはいると直ぐあの新聞...
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「詳伝・伊藤野枝」第194回 電話

文●ツルシカズヒコ 大杉が御宿の上野屋旅館にやって来たのは五月四日だった。 大杉は上野屋旅館に五月六日まで滞在した。 五月五日、この日、野枝と大杉は勝浦に行った可能性が高い。 野枝の手紙(「書簡 大杉栄宛」一九一六年五月九日・一信)に「今日...