コウコラム:「服を買わない生活」の中で考えたアレコレを書きます
第1210回 生でガリガリ、冷っこい弘法水
伊藤野枝1895-1923「第59回下駄」
の絵を描きました。
伊藤野枝1895-1923「第59回下駄」 by ワタナベ・コウ on pixiv
地の文は、
木村荘太(1889-1950)の
「牽引」(1913)から抜粋。
木村荘太と「牽引」については、
作家・小谷野敦公式ウェブサイトが
詳しいです。
第48回「顫動(せんどう)」から
第63回「蔑視」は、
木村荘太と野枝の恋愛騒動です。
当時は、「男」が「女」を、対等な、
開発する能力を持つ「人間」として見なす、
ということが、ほぼ全男性にとって
ありえない時代でしたから、
「女」と「恋愛」するなんざ、
大変なことだったわけです。
「恋愛」を人間愛以外の愛だと仮定して、
日本で「恋愛」と言えば
男同士でするものだったのは
(というか、近代化以前のヨーロッパもか)、
開発する能力を持つ「人間」が、
男性のみだったから。
能力を開発しない生き物は「禽獣」
あるいは「奴隷」ですから、
人間愛で、かわいそうだ的に
「愛する」ことはあっても、
対等に「愛し合う」なんてことは
ありえなかったわけですね。
しかし、読み返せば読み返すほど、
「女」のずるさ、というようなものも
読み取れてくるような。
伊藤野枝といえども、
発展途上の「人間」だし。
ずるくても何でも、
「女」として生き延びたい、
と考えても不思議ではない。
第58回「眩暈」〜第59回「下駄」は、
ふたりの恋愛騒動において、
要注目な部分じゃないかと。
野枝が荘太に「会いたい」と
書いたときの気持ちと、
荘太の着かなかった手紙の行方、
このふたつは謎につつまれたまま。
野枝は、
荘太にモーションをかけられたときから、
悪い気持ちはしてなかったでしょう。
これを機に、辻の気持ちを試す気持ちも
あったでしょう。
ビンボーな辻を捨てて、
当時「いろは」(荘太の実家の牛肉料理店)が
没落しつつあったとはいえ
まだお金持ちのボンボンだった荘太と
いっしょになったほうが
ゆとりある生活が送れて
自分の才能を伸ばせるのでは、
ともチラッとは思ったでしょう。
とはいえ、
「女」は外見を重用視するもの、と、
かの上野千鶴子氏も
なにかに書いていましたし。
見た目がタイプじゃないと、
どんなに金持ちでも拒絶する、
という「女」の心理は、
アタシも理解できるし、
野枝にもあったでしょう。
ま、つまりは、荘太の外見が
どうにもタイプじゃなかったと。
しかし、
どんなブサイクな男にでも言い寄られると
気のあるそぶりを見せるのが「女」
だというのも、
某男性小説家が書いていました。
一方、
自然主義文学の正体を把握していたであろう
辻潤にとっては、
小説家を志向する荘太の思惑は
わかりやすかった反面、
騒動を通して野枝の「正体」を発見しつつ、
にもかかわらず自分が野枝を「愛している」
のだという事実に気付かされていくのは、
腹立たしいことじゃなかったかと。
*
荘太が、半蔵門駅から麹町の下宿まで
駆けていく場面に登場させた
氷売りの掛け声は、
例によって、
三谷一馬著『明治物売図聚』↓を
参考にしました。
「生でガリガリ、冷っこい弘法水」
という掛け声は
山形県のもののようですが、
まあ、所詮、
絵は真実を伝えるメディアじゃないので、
使わせていただきました。
ただ、「弘法水」の読みが
「こうぼうすい」なのか、
「こうぼうみず」なのかわからず、
迷った末に後者を選択。
ちなみに、「弘法水」とは、
全国各地にある弘法大師伝説の水のこと。
喉の渇いた弘法大師に、
おばあさんが遠方から水を運んで提供すると、
大師が水に不自由なその土地に同情して、
お礼に杖で地面を突いて水を出した、
というような伝説らしく、
病気に効くとか健康にいいとか、
そういった類いの沸き水のことですな。
*
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