週刊ポチコラム:ポチことツルシカズヒコが雑誌批評などを書きます

vol.27 片山素秀のコラム「鯛夢出鳴門円」

阿佐ヶ谷ロフトで『「週刊SPA!」黄金伝説』のトークイベントが開催されることになり、数日前から僕が編集長時の『週刊SPA!』(1993年〜95年)の『週刊SPA!』を読み始めた。読むといっても、興味のある記事は熟読、その他はザッと目を通すという感じだ。

で、つくづく思うのは、雑誌は署名の連載コラムがもっとも大事なのではないかということ。つまり、その雑誌のクオリティは署名の連載コラムを見ればわかるということだ。

当時の『週刊SPA!』で僕がおもしろいと思うのは、以下の署名の連載(コラム)である。
篠山紀信&中森明夫「ニュースな女たち」
中森明夫「中森文化新聞」
都築響一「珍日本紀行」
「バカはサイレンで泣く」
鈴木邦男「夕刻のコペルニクス」
松沢呉一「豪徳寺 松沢堂の冒険」
片山素秀のコラム(文化バザール内のコラム)

特に文明論の域に達している片山素秀のコラムは、すばらしい。このコラムが載っているだけで300円(当時の『週刊SPA!』の定価)の価値はあったと思う。片山さんは現在、片山杜秀という名前で慶大準教授、現代音楽の評論家として高い評価を得ているのだが、『週刊SPA!』に連載を始めた当時はまだ30代前半だった。片山さんの若かりしころの文章という意味でも、注目に値するのでは。

たとえば、94年10/26日のコラムである。
片山さんが、小津安二郎映画の音楽を担当した斎藤高順氏にインタビューをした際の話だ。斎藤氏は小津直筆の色紙を片山さんに見せる。色紙には「鯛夢出鳴門円」という文字が記されていた。「タイム・イズ・ナット・マネー」と読むのだそうだ。以下、片山さんのコラムから引用。

〈これは無論「タイム・イズ・マネー」をもじったわけです。ところで、この「タイム・イズ・マネー」を広くとれば、単に時間は大切ってことですが、狭くとれば、戦後日本を席巻したアメリカ合理主義、時間すらカネでしか計れぬビジネス優先の拝金主義を代表する言葉となりましょう。だから、小津の「タイム・イズ・ナット・マネー」は、アメリカ化する戦後日本をあざけり、それに異論を唱える言葉とも取れましょう。次に字面の「鯛夢出鳴門円」。これは、立派な鯛の志ある夢は、鳴門の円、すなわち、鳴門の渦潮の外にうまく飛び出せるんだと取れるでしょう。すると、読みと字面を合わせてみると、意味が相乗してこないでしょうか? つまり、立派な鯛の如き日本人の志は、鳴門の渦潮の如き強い流れで戦後日本を捕らえる、アメリカ流カネ儲け第一主義から逃れ出てゆくんだという風に〉

小津という映画人の真髄、あるいは洒脱さが伝わるすごいエピソードであり、片山さんの的確な解釈が秀逸だ。
この文章を読めただけで300円の価値は十二分にあると、僕は思う。

こういう片山さんのアカデミックな連載もあり、かつ「バカはサイレンで泣く」のような連載もある。それが当時の『週刊SPA!』のすごさだった。