週刊ポチコラム:ポチことツルシカズヒコが雑誌批評などを書きます

vol.29「坪内祐三の読書日記」について思ったこと

『本の雑誌』9月号の「坪内祐三の読書日記」、
六月十八日(金)の項に、こんな文章が載っていた。

〈文教堂でダーザン山本の新刊『「金権編集長」ザンゲ録』(宝島社)を買って帰宅すると、『週刊SPA!』三代目編集長だったツルシカズヒコの『「週刊SPA!」黄金伝説 1988〜1995』(朝日新聞出版)が届いている。夜、その二冊を続けて読む。共に、バブルがはじけた一九九〇年代に週刊誌を大ブレイクさせていった編集長だが、読み比べてみると、ダーザン本の方が圧倒的に面白い。ツルシ本は、自分が成し遂げた、というくさみが少し感じられるが、ダーザンは、たとえ自慢が語られていても、ずっとぶち切れている。今年読んだ本の中でベスト3に入る面白さだ〉

なるほど、と思った。
実は〈自分が成し遂げた、というくさみ〉があることは、
僕自身が感じている。
しかし、あえて僕は「自慢話」を書いたのだ。
なぜかというと、それぐらい書かないと、
ちょっと大げさかもしれないけれど、
歪曲された「事実」が後世に残るからだ。

たとえば、小林よしのりの『ゴーマニズム宣言』に関してだが、
1995年2月に発行された、
呉智英編『小林よしのり論序説 ゴーマニズムとは何か』(出帆新社)、
という本がある。
この本の中に、桐山秀樹が書いたこんな文章が載っている
(『週刊現代』93年12月18日号から転載)。

〈小林よしのりの感性に注目したのが前「SPA!」編集長で現・月刊「PANJA」編集長の渡辺直樹である。渡辺は、雑誌「宝島」で彼が「おこっちゃまくん」という漫画を描いていて非常に面白かったため、最初連載ではなく、二ページ(ツルシ註:四ページの間違い)の単発で原稿依頼した。
「小林よしのりという漫画家は『東大一直線』から『おぼっちゃまくん』まで常に漫画界のメジャーでありながらマイナーな感覚を持ち続けていたし、マイナーでありながらメジャーでもあった。そうした彼の波長が「SPA!」という雑誌とピッタリ合ったんです」〉

この本が出た95年当時、僕は『SPA!』の編集長だったが、
〈小林よしのりの感性に注目したのが前「SPA!」編集長で現・月刊「PANJA」編集長の渡辺直樹である〉は、
事実と違うのである。

小林よしのりに漫画を依頼した経緯について、
僕は『「週刊SPA!」黄金伝説』の中で、こう書いている。

〈小林よしのりの漫画が『SPA!』に初登場したのも創刊3周年記念号(91年6月12日号)だった。(略)「おこっちゃまくん 怒りのカラオケ日記」というカラー4頁の読み切り漫画だった。『宝島』に連載していた辛口エッセイ風漫画、「おこっちゃまくん」の『SPA!』バージョンを描いてもらったのである。3周年特別企画として僕が発案した企画だった。小林よしのりといえば「東大一直線」や「東大快進撃」、あるいは当時ヒット中の「おぼっちゃまくん」が代表作だったが、僕はこうしたヒット作より「異能戦士」や「厳格に訊け!」といったマイナー感のある作品が気になっていた。『宝島』に連載していた「おこっちゃまくん」も毎号読んでいて、特に興味を持ったのは小学館漫画賞を受賞した「おぼっちゃまくん」の授賞式でのエピソードだった。(略)ゴールデンウイーク明け、世田谷区のよしりん企画に出向き小林よしのりと打ち合わせをした〉

創刊3周年記念号(91年6月12日号)発行当時、
僕は『SPA!』の副編集長だった。
僕の企画を当時編集長だった渡辺直樹さんが採用したのだ。

そもそも、93年7月に扶桑社から発行された、
『ゴーマニズム宣言』単行本1巻の中に、
小林よしのり本人が、こんな文章を書いているのである。

〈(略)良質のモノを作ってれば、それを理解るヤツが、きっと現れる、と思って……。評論家の呉智英氏が、まず面白いと言ってくれた。それから「SPA!」の鶴師氏が、この作品を、うちでも……と、誘ってくれたのである。人間、がまんだぜ。質のわかる感度のイイ人々は、かならずいる。そして、理解してくれる人々の恩は、絶対、忘れてはいけない〉

文中の〈良質のモノ〉〈この作品〉とは、
小林よしのりが『宝島』に連載していた、
「おこっちゃまくん」のことである。
扶桑社から発行された『ゴーマニズム宣言』単行本(1〜8巻)は、
絶版になっていて、
文庫本は確か小学館から出ているはず。
その文庫本版には、上記の小林よしのりの文章は掲載されていない。

『「週刊SPA!」黄金伝説』の中で、
僕は『ゴーマニズム宣言』が誕生する経緯をけっこう詳細に書いた。
それが『ゴーマニズム宣言』を誕生させたのは僕であるという、
「自慢話」に受け取られるかもしれないという自覚がありながらだ。

その理由は、桐山秀樹が書いた文章のような、
歪曲された「事実」を正しかったからだ。

『ゴーマニズム宣言』に限らず、
僕の「自慢話」風の話がけっこうあるのは、
それを書くことによって、多くの人により深く、
当時の『SPA!』について知ってもらいたかったから。

『SPA!』の編集長時代のことを振り返ると、
「戦場」に身を置いていたなと、つくづく思う。
味方と思っている人間から弾が飛んでくる「戦場」だった。

最後に。
『「週刊SPA!」黄金伝説』は、僕が見て感じた『SPA!』にすぎない。
この本を叩き台にして、多様な『SPA!』観が出てきてよいはず。
僕は、そう考えている。