詳伝・伊藤野枝

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「詳伝・伊藤野枝」第211回  菊富士ホテル

文●ツルシカズヒコ 一九一六(大正五)年十一月二日ころ、五十里(いそり)幸太郎が本郷区菊坂町の菊富士ホテルを訪れた。 五十里は大杉の面前で野枝を殴ったり蹴ったりした。 五十里は野枝に好感を持っていたが、同時に彼女が時として見せる才気が勝ちす...
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「詳伝・伊藤野枝」第210回 ポワンチュの髯

文●ツルシカズヒコ 岩野泡鳴は一九一六(大正五)年十月十二日の日記に、こう書いている。 十月十二日。雨。大杉氏、野枝氏と共に来訪。(「巣鴨日記」/『泡鳴全集 第十二巻』) 大杉と野枝は泡鳴に借金の申し込みに行ったと推測される。 『日録・大杉...
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「詳伝・伊藤野枝」第209回 霊南坂

文●ツルシカズヒコ 一九一六年七月十九日午後の列車で大阪から帰京した野枝は、七月二十五日に大杉と一緒に横浜に行き、大杉の同志である中村勇次郎、伊藤公敬、吉田万太郎、小池潔、磯部雅美らと会った(大杉豊『日録・大杉栄伝』)。 野枝と別れた辻は一...
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「詳伝・伊藤野枝」第208回 和歌浦

文●ツルシカズヒコ 野枝は大杉に宛てた大阪からの一信に、こう書いた。 叔父(代準介)は午後から旅行するのだと云つて可なり混雑してゐる処でした。 叔父は三時にたつと云つてゐたのですのでけれども九時まで延ばしていろ/\お話をしました。 何か云は...
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「詳伝・伊藤野枝」第207回 河原なでしこ

文●ツルシカズヒコ 御宿から帰京した野枝は第一福四万館の大杉の部屋に転がり込んだ。 一九一六(大正五)年七月十三日の夜、野枝は大杉に見送られて東京駅から大阪に向かった。 東京駅は大勢の人でごった返していて、なんだか急かされるような出発だった...
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「詳伝・伊藤野枝」第206回 野狐さん

文●ツルシカズヒコ ……永代静雄のやつてゐるイーグルと云ふ月二回かの妙な雑誌があるね。 あれに面白い事が書いてある。 自由恋愛実行団と云ふ題の、ちよつとした六号ものだ。 『大杉は保子を慰め、神近を教育し、而して野枝と寝る』と云ふやうな文句だ...
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「詳伝・伊藤野枝」第205回 スリバン

文●ツルシカズヒコ 女の世界もとうたうやられましたか。 すると、もう私達は何も云ふ事が出来なくなつた訳でせうか。 しかし、他の人に云へる事が何故私達が云つてはいけないのでせうね。 着物の心配までして下さつてありがとう。 もうお天気の今日には...
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「詳伝・伊藤野枝」第204回 ミネルヴア

文●ツルシカズヒコ 野枝のところに「お八重さん」こと野上弥生子から、長い長い手紙が届いた。 野枝は弥生子の手紙の文面を引用しながら、大杉に手紙を書き、弥生子への反論をしている。  ……私の今度の事に就いて可なりはつきりと意見を述べてくれまし...
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「詳伝・伊藤野枝」第203回 二人とも馬鹿

文●ツルシカズヒコ 一九一六(大正五)年五月末、『女の世界』六月号を読んだ野枝は、大杉にこう書いている。 あなたは本当にひどいんですね。 あんな余計な処まで抜き書きをしなくつたつていいぢやありませんか。 本当にひどい。 でも、あなたが怒る/...
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「詳伝・伊藤野枝」第202回 いやな写真

文●ツルシカズヒコ 堀切利高編著『野枝さんをさがして』によれば、野枝は五月二十九日(推定)付けの手紙を安成二郎に宛てて書いている。 多恵春光著『新しき婦人の手紙』(日本評論社出版部・一九一九年九月)の第九章「文例 知名婦人の手紙」に「執筆の...
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「詳伝・伊藤野枝」第201回 ララビアータ

文●ツルシカズヒコ 大杉が御宿から帰京したのは、一九一六(大正五)年五月二十七日だった。 今日は私はあなたがおたちになる前に、二三日前からの私の我儘(わがまま)をお詫びして許して頂かうと思ひましたの。 それで、幾度もあなたの処へ行くのですけ...
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「詳伝・伊藤野枝」第200回 福岡日日新聞

文●ツルシカズヒコ 一九一六(大正五)年五月二十日、野枝は『福岡日日新聞』に掲載された「この頃の妾」を脱稿した。 叔父・代準介に宛てた手紙形式の原稿である。 『定本 伊藤野枝全集 第二巻』「この頃の妾」解題によれば、『福岡日日新聞』のはしが...