週刊ポチコラム

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さようなら、電脳マヴォ vol.2

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さようなら、電脳マヴォ vol.1

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「さようなら、電脳マヴォ」バックナンバー

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ふもれすく年譜 1987年(昭和62年)

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ふもれすく年譜 2010年(平成22年)

【6月】●6/7近藤千浪、死去。●6/13長江の最後の門弟、浜田糸衛が逝去。享年102。【11月】●11/17黒岩比佐子、膵臓ガンで死去。➡ふもれすく年譜索引
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ふもれすく年譜 1998年(平成10年)

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ふもれすく年譜 1901年(明治34年)

【伊藤野枝】6歳●4月、今宿尋常小学校に入学。このころ伊藤家は谷の家屋敷を手放し、借家に移る。 ※「火つけ彦七」(『改造』1921年7月夏期臨時号)【社会】●5月、片山潜、安部磯雄、木下尚江、幸徳秋水らにより、日本最初の社会主義政党、社会民...
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伊藤野枝メモ:006 大杉栄自叙伝

『大杉栄自叙伝』(大杉栄/雪華社/昭和42年2月)を読んだ。この本で注目したいのは、以下。●大杉が軍国少年だったのは有名だが、彼の父がバリバリの職業軍人だったというのはおさえておきたい。日清、日露戦争に出征している。日清戦争では威海衛の激戦...
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伊藤野枝メモ 005 1921年の道頓堀

関東大震災後、辻潤は大阪に行き、道頓堀を歩いている際に号外で大杉と野枝の虐殺を知るのだが、その当時の道頓堀はどんなかんじだったのか? 調べてみたら、例えばコレ。絵はがきですが、「大阪名所 芝居○○とカフエーの街道頓堀」というタイトルがありま...
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伊藤野枝メモ 004「白痴の母」

初出は伊藤野枝の年譜によると『民衆の芸術』第1巻第4号(1918年10月号)。この年(1918年)の6月下旬、避暑と金策のため九州へ出発し、8月中旬に帰京している。九州へ行ったのだから、当然、実家(現在の福岡市今宿)にも立ち寄ったはずだ。で...
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伊藤野枝メモ 003「火つけ彦七」

創作だが、野枝が6歳ころ(1901年ごろ)に北九州で実際に起こった事件をベースにしているのだろうか。野枝自身の記憶にあることなのか、あるいは誰かから聞いた話なのか。放火犯の彦七は被差別部落出身である。それゆえに差別され、悲惨な人生を送った男...
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伊藤野枝メモ002「甘粕事件の号外」

甘粕事件を報じる号外です。『号外百年史』(小野秀雄編/読売新聞社/昭和44年4月20日第1刷発行)から引用。「たむたむ」によれば、甘粕事件の報道に関しては、以下のような経緯があったようです。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...